睡眠はほとんどすべての動物にみられる普遍的な行動であり、必須の行為だ。しかし、オーストラリアの小型肉食有袋類であるアンテキヌスは、繁殖期になると眠る時間を減らし、交尾に没頭して死ぬことが分かった。
アンテキヌスは、オーストラリアの東部海岸に生息する小さいネズミのような有袋類の動物だ。オスの寿命は約1年だが、繁殖期が終わるとほとんどが死亡する。チョウ、セミ、クモ、タコなどがこのように一度の繁殖後に死ぬ一回生殖性(Semelparity)を示すが、哺乳類のなかではこうした繁殖する動物は珍しい。
アンテキヌスのオスは、このようにして一生に一度だけの繁殖期に、自分の遺伝子を最大限残すために、可能な限り多くのメスと交尾しようと必死の努力をする。メスは2年以上生きる。
オーストラリアのメルボルンにあるラトローブ大学の最近の研究によると、オスのアンテキヌスのこうした努力は、睡眠を減らしてまで行われることが明らかになった。冬から初春まで約3週間の繁殖期になると、通常15時間眠るオスの一部は、普段の睡眠時間の半分程度の7時間まで睡眠時間を縮める。全体的には、睡眠時間を平均3時間減らして交尾に臨む。研究チームはこれに先立ち、アンテキヌスが1日最大14時間交尾する様子も観察したことがある。
博士課程の学生であるエリカ・ザイド氏と研究者らは、アンテキヌスの繁殖期の睡眠パターンを調査するため、飼育場でツメナガアンテキヌスのオス10匹、メス5匹の背中に加速度計(加速度測定装置)を付着して行動を調べた。また、実験室のオス4匹を研究し、脳活動をモニタリングして睡眠時間を測定した。ツメナガアンテキヌスとは異なる科の種であるアジルアンテキヌス38匹からは、ホルモン変化を調べるために血液サンプルを採取した。
すると、平均的にアンテキヌスのオスは、繁殖期の間は全体的に身体活動が増加し、夜には睡眠を大幅に減らすという事実が発見された。メスには睡眠時間に目立った変化はなかった。
しかし、血液サンプルからは、オスとメスともに睡眠に関係する代謝物質であるシュウ酸の数値が低下したことが分かった。この時期はメスも交尾に追われるため、睡眠の質が低くなったことによるものだと研究チームは推測した。
オスの睡眠時間が15時間から12時間に平均で3時間減少したことは特別なことではないようにみえるが、研究チームは睡眠の短縮を軽くみるべきではないと説明した。
論文の責任著者であるジョン・レスク博士は、「私たちが夜に3~4時間睡眠を減らすとことになれば、手と目の運動の協応能力は、酒に酔ったレベルに低下する」とニューヨーク・タイムズに述べた。人間も生涯の3分の1を睡眠で過ごすように、動物にとって睡眠は生存に必須の過程だというのが、レスク博士らによる説明だ。
しかし、睡眠不足がオスのアンテキヌスの死にどのような影響を及ぼすかについては謎のままだ。繁殖期間に睡眠を惜しみながら交尾に没頭して疲労によって死ぬのか、あるいは、他に主要な要因があるのかについては明確ではない。ただし、過去の研究で、交尾を終わらせたオスの死は、特定のホルモンの増加による臓器不全や感染などによって触発されると明らかにされたことがある。
ザイド氏は「今後、アンテキヌスが肉体的に消耗する繁殖時期にどのように睡眠不足に対処するのか、そして、なぜ繁殖直後にこれほどすぐに死ぬのかについて理解するためのさらなる研究が必要だ」と述べた。
アンテキヌスに似たフクロネコのオスも、同様に一度の繁殖後にわずか1年で死ぬことになるが、このオスは繁殖期の間により多くの交尾をするために、遠距離を移動してエネルギーを過度に消費して疲労で死ぬことが知られている。
引用論文:Current Biology,DOI:10.1016/j.cub.2023.12.064