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[ルポ]水族館に最後に残されたミナミハンドウイルカの野生放流現場を行く(1)

登録:2022-08-23 05:21 修正:2022-08-23 10:25
ハンギョレ21 
狭い水族館で長く過ごしてきたピボンイのための最善の選択は
1頭のミナミハンドウイルカが2022年8月16日、済州西帰浦市の大静沖で水上を力強く飛び跳ねている=リュ・ウジョン記者//ハンギョレ新聞社

 「あそこ!」

 2022年8月16日午後、済州道西帰浦市大静邑(ソグィポシ・テジョンウプ)のある海岸沿いの道。人々が道路沿いに車を止め、海のあちこちを指差した。その瞬間、歓声があがった。揺れる波間にいくつもの尖った背びれが幾重にも放物線を描きながら現れ、すぐに消えた。波を跳び越えるすべすべとした体も見えた。海岸に沿って北へと移動する済州島の「ミナミハンドウイルカ」の群れだった。右に首を向けているほんのわずかの間に、イルカの群れはすでに遠ざかっていた。

 西帰浦市大静邑は済州沿岸に住むミナミハンドウイルカの主な生息地だ。その日、ミナミハンドウイルカの群れを目撃した地点は、水族館から海に帰るために野生適応訓練中のミナミハンドウイルカ「ピボンイ」がいる海上の生け簀からわずか2キロメートルほどの場所。イルカの群れはピボンイと出会っただろうか。

1頭のミナミハンドウイルカが2022年8月16日、済州西帰浦市の大静沖で水上を力強く飛び跳ねている=リュ・ウジョン記者//ハンギョレ新聞社

海に帰った瞬間も「忘れられた」イルカ

 ピボンイのいる生け簀は、大静邑のある入り江から300メートル離れた海の真ん中に設置されている。この日の朝、生け簀のそばで会ったイ・ヨンジャさん(69)は「それらしい場面」を目撃したという。8月8日午後6時41分ごろ、生け簀の方を見守っていたイさんは、生け簀の1~2メートル外側の水の上をぐるぐる回るイルカの背びれを発見したという。イさんは、梨花女子大学のチェ・ジェチョン碩座教授のユーチューブ番組と報道でピボンイを知った。「ピボンイと(背びれが見えたイルカが)互いに言葉を交わしていたのではないでしょうか」。ドローンとCCTV(監視カメラ)がとらえるピボンイは悠々と遊泳し、水面の上に姿を現すのは時々だ。

 ピボンイは2005年4月、済州翰林邑(ハンリムウプ)の飛揚島(ピヤンド)沖で混獲された。海に張ってあった網の中に入ってきていたのだ。捕らえられた地域の名を取ってピボンイと名付けられた。その後、17年間にわたって水族館に閉じ込められて過ごした。別のミナミハンドウイルカのチェドリ、チュンサミ、サンパリ(2013年)、テサニ、ポクスニ(2015年)、クムドゥンイ、テポ(2017年)は順に海へと返された。ピボンイは「国内の水族館に残された最後のミナミハンドウイルカ」という悲しいタイトルを得た。そして2022年8月3日、海洋水産部はピボンイの海洋放流を発表した。これに沿ってピボンイは海に帰る準備をすることになった。発表の翌日、パシフィックリソム(旧パシフィックランド)の水族館にいたピボンイは、海に設置された直径20メートル、深さ8メートルの円形の生け簀に移された。

 ピボンイは「忘れられた」イルカだった。2013年にチェドリをはじめとする3頭の「ショーイルカ」が韓国で初めて海に帰された時だ。パシフィックランドの関係者は2009年から10年にかけて、捕獲が禁止されているミナミハンドウイルカを違法に買い取り、イルカショーに動員した疑い(水産業法違反)で執行猶予付きの有罪判決を受けた。その時、テサニ、ポクスニ、チュンサミ、サンパリは国によって没収されたが、ピボンイは公訴時効以前に捕らえられたという理由で没収対象とはならなかった。それから17年が過ぎた。

 「2017年にパシフィックランドのイルカショーをモニタリングした時でした。ピボンイがショーを拒否するのを見たんです。餌の時間がすなわちショーの時間なので、言われた通りにしなければ餌が食べられないのですが、ピボンイはやりたくないという意思を明確に表現していました。伝え聞いたところによると、ピボンイは頑固な性格だそうです。ショーをボイコットできる唯一のイルカでもあったんです。ピボンイも絶対に海に帰さないといけない、帰せると確信しました」

 8月15日に大静邑に位置する事務所で取材に応じたホットピンク・ドルフィンズのファン・ヒョンジン代表の言葉だ。その後もピボンイがショーを拒否する姿がたびたび目撃された。

ピボンイが生け簀の中で水の上に頭を出して泳いでいる。豪雨で川の水が海に流れ込み、水は土色をしているが、すぐに波に洗い流された=済州大学のキム・ビョンヨプ教授提供//ハンギョレ新聞社
生け簀の規格//ハンギョレ新聞社

ガラスに映った自分の影を追う

 パシフィックランドを買収した湖畔ホテル&リゾートが、2021年12月31日にパシフィックリソムの公演を終了し、突如イルカを放流することを発表したことで、ピボンイとハンドウイルカのテジ、アランイの居場所をめぐる議論が本格化した。湖畔ホテル&リゾートは水族館の場所に新たなリゾートを建設する計画だ。海の憩いの場(クジラサンクチュアリ)建設、海への放流などを市民団体と議論していた湖畔は2022年4月、テジとアランイを巨済(コジェ)シーワールドに無断で搬出してしまった。巨済シーワールドは2014年に開場して以来、11頭のクジラが死んでおり、「クジラの墓場」と呼ばれる。ホットピンク・ドルフィンズと済州緑色党はパシフィックリソムと巨済シーワールドを海洋生態系法違反、野生生物法違反などの疑いで済州警察庁に告発した。テジとアランイが去り、水族館にひとり残されたピボンイは一時、水族館のガラスに映る自分の影ばかりを追いかける異常行動を示し、調教師たちはピボンイの隣りで一緒に泳いで寂しさを慰めた。

 海洋水産部、済州道、湖畔ホテル&リゾート、ホットピンク・ドルフィンズ、済州大学の5者と専門家たちは、ピボンイを海に返すために「放流協議体」と「技術委員会」を設置。海洋水産部によると、ピボンイの海洋放流は5段階に分けて実施される。放流可能性の診断と放流計画の樹立(第1段階)→飼育水槽内での適応訓練(第2段階)→生け簀の設置および移送(第3段階)を経て、現在は4段階の生け簀内での野生適応訓練が進められている。野生で生きる方法を回復する過程だ。この過程が終われば放流の可能性を最終的に判断する(第5段階)。海洋放流が不可能だと判断されれば、保護・管理策を別途探るという選択肢も残してある。

 ピボンイが大静邑近隣の海に移されたのは、そこが済州沿岸に生息する120頭あまりのミナミハンドウイルカの中心的な生息地だからだ。専門家は、ピボンイの海洋放流の成功の可否を分ける最重要の要因として「野生の群れへの合流」をあげる。ミナミハンドウイルカは高い社会性を持ち、数十頭の群れをなして生活する。彼らが頻繁に行き来する通り道でピボンイと野生の群れの交感を誘導し、合流の可能性を高めなければならない。生け簀に設置された3台の音響探知機器でイルカ特有の声(ホイッスル音とクリック音)を録音、分析する計画だ。

 これはつまり、人との接触を遮断することを意味する。1日に生きているサバやカンパチ、アイゴを15~20匹ほど供給する。生きている魚の捕獲は野生放流訓練の第一歩だ。生きている魚の供給時間帯は特に定めていない。ボートに乗って接近しても餌を与えないこともある。指示と順応の繰り返しの中に閉じ込められ、飼いならされていた水族館を忘れて、予測不能な野生の特性に慣れてほしいという思いからだ。(2に続く)

済州/コ・ハンソル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1055649.html韓国語原文入力:2022-08-22 11:56
訳D.K

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