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“記憶のための闘争”に転換された韓国のベトナム戦争

登録:2015-05-11 21:58 修正:2015-05-12 06:20
 ユン・チュンノ博士が最新論文で主張
 民間人虐殺の真実糾明のため
 1999~2000年のハンギョレ21キャンペーン
 「反共・発展のための戦争」とする公式記憶が崩壊
 参戦軍人は記憶強化で反発
ベトナム戦争 資料写真//ハンギョレ新聞社

 1999~2000年のハンギョレ21によるベトナム戦キャンペーンと市民社会団体の真実糾明運動により、この戦争に対する韓国社会の“記憶闘争”が公式記憶と対抗記憶の闘争として対立し、冷戦の社会的実在を見せているという分析が出てきた。

 歴史社会学者ユン・チュンノ博士(韓国学中央研究院主任研究員)は、季刊『社会と歴史』2015年春季号に載せた「韓国のベトナム戦争記憶の変化と再構成」という論文で、「(ベトナム戦争に対する)現在の記憶闘争は、公式的記憶と対抗記憶、それぞれの『記憶のための闘争』に転換された」と説明した。

 論文は1999年9月から2000年9月まで46週にわたり続いたハンギョレ21のキャンペーンは、韓国のベトナム戦争経験と記憶に対する社会的関心を触発し、その前後に形成された市民社会団体が真実糾明運動を行い、ベトナム戦争に対する“記憶”に一大転機を提供したと評価した。 その時まで、韓国社会におけるベトナム戦争の記憶は「反共・発展のための戦争」という公式的記憶で定形化されていたが、1987年以後の民主化と脱冷戦は戦争の記憶に対する国家独占の解体をもたらしたということだ。

 論文はまた、キャンペーンと真相糾明運動は参戦軍人に対して加害者であり被害者であるという二重の位置を付与したが、ハンギョレ21と市民社会団体の人権・平和談論に対して参戦軍人が反発し、公式記憶を強化する意図せざる結果を生んだと分析した。 時間が流れ参戦軍人の記憶が「政治的葛藤次元に転換」され、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政権のベトナム戦争関連法改正と公式記念行事に対して、ベトナム政府が敏感に反応し外交的な複雑性まで高まった。 このように、それぞれ異なる方向に展開した“記憶闘争”の結果、韓国政府はベトナム戦争に対する公式的記憶を否認することもできず、自由守護と経済発展のための戦争だったという修辞を捨てない限り、過去の歴史からも自由になれないジレンマに陥ることになったと論文は総合した。

 ユン博士は「参戦軍人と保守勢力は過去の公式記憶をより一層強化していて、ベトナム戦真実委員会を引き継いだ平和博物館や、韓国とベトナムの過去の問題に関心を持っている市民社会団体は、対抗記憶の維持・強化のために努力している」と述べた。それでも「脱国家的戦争記憶、生命権、人権、平和に根ざした戦争に対する認識の拡張は、社会的冷戦を弱化させることに寄与するだろう」と見通した。我らが内なる冷戦」が解体される時、初めてベトナム戦争は歴史の中の戦争として残ることになるという意味だ。

イ・ユジン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/religion/690695.html 韓国語原文入力:2015-05-11 19:20
訳J.S(1336字)

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