今、安倍晋三政権は発足以来最大の危機に陥っている。各社による世論調査でも、内閣支持率も低下し、不支持が支持を大きく上回っている。
国民が怒っている理由は単純である。首相と親しかった人物が経営する学校法人に国有地を大幅に値引きして売却したこと。首相と親しい人物が経営する大学に獣医学部の開設を認可したこと。要するに、最高権力者の威光を使って、権力者の友人に特別な利益を提供したことが、行政の公平さを破壊した。さらに、これらの問題は1年以上前に発覚し、国会で野党が追及したが、政府は実態解明に応じず、問題ないと強弁してきた。その背後で、国有地売却の手続きの瑕疵を立証する公文書が改ざんされた。権力の私物化の上に、証拠隠滅の罪を重ねているのである。
韓国の読者にとっては、朴槿恵前大統領による権力の私物化と重なるだろう。韓国の場合は多くの市民の怒りの行動が大統領弾劾につながり、民主政治の自浄作用が発揮された。日本の場合、内閣支持率は低下したが、首相官邸を十万人の市民で包囲するというような動きは起こらない。
日本はアジアで最も長い歴史の民主政治を誇っているはずだが、民主主義の理解の仕方に偏りがある。日本では、民主主義は多数決と同一視され、政治参加は選挙と同一視されやすい。国民は何年かに一度の選挙で投票し、後は選ばれた議員が多数決で決めた政策を受け入れるのが民主主義だという理解である。戦前の治安維持法や特高警察による弾圧で、労働運動や社会運動が広がらなかったという歴史的経験も影響しているのだろう。また、戦後民主主義の下で、デモや集会は社会主義イデオロギーに染まった過激な党派のすることという偏見も存在した。
しかし、アメリカの公民権運動や韓国の民主化の経験を見ればわかるように、民主主義とは代表を選ぶことに限らない。もちろん、法律を決めるのは議員の多数決によるが、議会の外で市民が自由に発言、行動することも民主主義の構成要素である。2015年の安保法制に反対する運動の中で市民の集会やデモが復活した。今回の政治腐敗への抗議でそのような市民の政治参加が広がるかどうか、注目される。
この期に及んで安倍政権を擁護する評論家もいる。彼らは、朝鮮半島情勢が激動する中、いつまでもスキャンダルの追及をしている場合ではないという。これは問題のすり替えである。疑惑発覚の時にすぐに情報公開をしていれば、問題はこれほど大きくなることはなかったはずである。安倍政権が火だるまになっているのは自業自得である。
それだけではない。自分にとって不都合な事実をなかったことにしようと願い、そのように行動するということが、今の安倍政権の外交の行き詰まりに反映されているということもできる。北朝鮮には圧力をかけるのみとか、日米は100%一体といった勝手な思い込みで武装した安倍政権は、自縄自縛に陥っている。ドグマのほころびは自らの威信の失墜につながるので、現実を見ようとしなかった。その結果、安倍外交は世界から取り残されているのである。
指導者の質を上げることが日本にとっての急務である。そして、そのためには議会に任せるのではなく、市民が様々な形で意思表示をし、行動することが必要である。