今回のコラムでは一冊の本を紹介する予定だった。
先日、日本の新聞書評を通じて加藤陽子・東京大学教授の『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)という本を知った。なぜ日本は自国より数十倍も強い米国と一見して無謀と言わざるをえない戦争を選択したのだろうか。同書は高校生に講義するような親切な書き方で、日本が戦争に入り込む過程で体験した一連の事件、1931年9月満州事変とそれに対する国際連盟の「リットン報告書」▽1940年9月に締結された独伊日の枢軸国同盟▽1941年12月開戦直前になされた米日交渉の3つの決定的な瞬間を紹介している。このような一連の「決定的瞬間」に犯した連続した失敗が、結局日本を戦争の惨禍に追い込んだということだ。
世の中には良い判断があり、悪い判断もあり、時には良い意図にもかかわらず悪い結果をもたらす判断もある。日本が当時下した判断は、短期的な視点で見れば国益に忠実であったし、日本国内の支持も高かった。しかし、結果はどうだっただろうか。これを政策の合理性に対する問題提起という。
ところが、韓国から突然聞こえてきた衝撃的なニュース深いため息をつくことになった。大統領の「陰の実力者」と呼ばれたチェ・スンシル氏の「国政介入」疑惑が、相当部分事実であったことを示す証拠が公開され、これに耐えられず朴槿恵(パク・クネ)大統領が25日国民に謝罪した。
韓国社会はこれまで朴政権が出した奇怪この上ない多くの政策判断に対して、その真意をなんとか理解するための努力を繰り返してきた。低級この上ない「統一大当たり」というスローガン、とうてい納得しかねる開城(ケソン)工業団地の全面閉鎖、国定教科書強行、慰安婦合意、THAAD(高高度防衛ミサイル)配備まで。私たちは皆「朴大統領は何を考えているのか」といぶかしく思いながらも、それでも政権が何らかの合理性に基づいて判断を下したのだと信じて疑わなかった。たとえその判断が合理的でなかったとの結論が出ても、それは仕方ないと考えた。朴槿恵(パク・クネ)というあの"怪物"を大統領に奉ったのは、私たち自身であり、それによって発生するあらゆる不幸な結果に責任を負うのも結局は私たち自身にならざるをえないからだ。これは政策の正統性に対する指摘といえる。
慰安婦問題をめぐる韓日対立が激しく展開された2014年3月のことだ。安倍晋三首相はその頃、慰安婦動員過程の強制性と軍の介入を認めた1993年の河野談話を「修正するつもりはない」と明らかにする。これに対して朴槿恵大統領は「幸いだ」と反応し、慰安婦問題解決のための韓日局長級会議が始まる。
気にかかることがあった。「幸いだ」という大統領の肉声だった。外交現場で海千山千を体験したこの分野の参謀陣と熟考を経て発すべき首脳の反応は、精製された外交的言辞である安倍首相の今回の判断を「評価する」のはずだったからだ。「キルさん、『幸いだ』というのはうちの選手たちが使う表現ではないんじゃないですか?」当時大使館の高位関係者が首をかしげながら言った言葉が思い出される。
その「幸いだ」はいったい誰の言辞だったのだろうか。「統一大当たり」は誰の言葉であり、皆を当惑させた「魂が非正常」 「宇宙の気運」 「癌の塊り」などの表現はいったい誰の頭から出た言葉だったのか。もはや朴政権がこの間に下してきた「すべての」判断の正統性が崩れ落ちた。そのような政府の政策合理性に対して論じることは、もう意味がなくなったのではないかと思う。これは、私たちが正しいと信じ、だからこそ多くの人が血を流して勝ち取った、その民主主義ではない。
これでは国政運営はとうてい不可能だ。朴大統領は国民に謝罪し、一刻も早く下野しなければならない。