「子どもに先立たれた母親が髪を剃り落とすのを見てください。これ以上のことでもやるつもりです。今日出産政策を発表すると聞きました。子どもを産まないでください。この国ではまともな暮らしができません。子どもをちゃんと育てることができない国です。子どもを産まないでください」
29歳の息子、イ・ナムフンさんを一夜にして亡くした母親のパク・ヨンスさん(57)は18日、ソウル龍山(ヨンサン)の大統領室前で嗚咽しながら、髪の毛を剃り落とした。発議から264日たった今月9日に国会で可決された「10・29梨泰院(イテウォン)惨事被害者の権利保障と真相究明および再発防止のための特別法」(梨泰院惨事特別法)に対し、与党「国民の力」が尹錫悦大統領に再議要求権(拒否権)の行使を求めることをこの日党論で決めたためだ。
パクさんを含め、特別法の公布を切実に訴えてきた遺族11人が剃髪を始めると、あちこちで堪えていた涙が溢れた。犠牲者のチョン・ジュヒさんの母親、イ・ヒョスクさん(63)は、娘の遺影を胸に抱き、号泣しながら髪の毛を剃り落とした。遺族たちは「梨泰院惨事特別法の拒否権を建議する国民の力を糾弾する」、「大統領は梨泰院惨事特別法を直ちに公布せよ」と叫んだ。
梨泰院惨事遺族協議会と市民対策会議は、大統領室前で記者会見を開き、国民の力の拒否権行使要求方針を強く糾弾した。犠牲者のイ・ジュヨンさんの父親、イ・ジョンミン遺族協議会運営委員長(62)は「これまで全身を投げて政府に訴え、子どもたちの無念を晴らしてほしいと哀願してきた。それなのに与党である国民の力は、私たちに再び背を向けた」とし、「私たちは国民の力自体を認めない」と批判した。イ委員長は「判断は尹大統領に渡された」とし、「最後の忍耐を振り絞って、尹大統領に望みを託す」と述べた。
梨泰院惨事特別法は、惨事発生の原因と収拾過程、後続措置までの真相究明のための特別調査委員会(特調委)の構成と再発防止対策の樹立を骨子としている。国民の力は「野党圏(国会議長を含む)が7人、与党が4人」推薦する特別調査委員会の構成と、送致が見送られ捜査が中止された事件記録まで閲覧できる条項が「毒素条項」だとして、特別法に反対している。
遺族と市民団体は「遺族が委員推薦権を持つのが偏向的だという与党の批判を受け入れ、国会議長に推薦権を譲ったのに、政府と与党に有利ではないとの理由で反対するのは理屈に合わず、正当な調査に基本的権限さえ与えなければ、特別調査委員会は何もできない」とう趣旨で反論している。すでに与党の要求によって特別調査委員会の活動期間も当初より3カ月減らした最長1年3カ月にしており、家宅捜索令状の請求要件を強化するなどの条項が与野党の合意過程で法案に修正反映された。
遺族協議会と市民対策会議は同日、文書で立場を表明し「国民の力は自分たちの無責任で愚かな決定で国民の凄絶な審判を受けることを痛感させられるだろう」とし、「尹大統領にもう一度訴える。梨泰院惨事特別法は惨事の真実を明らかにするだけでなく、安全な社会を作るための法律だ。特別法が政府に移送されれば、直ちに公布すべきだ」と述べた。梨泰院惨事特別法が19日に政府に移送されれば、尹大統領は拒否権行使の可否を最終的に決める予定だ。