アジア系と見られる母娘が、米ニューヨークの地下鉄駅のプラットホームで地下鉄を待っている。焦りながら時間を確認する母親の視線は鋭く前方に向けられ、手を握った娘は母親の目の届かない横を見る。最近アジア系に対する嫌悪犯罪(ヘイトクライム)が急増する米国で、アジア人が感じる不安感を微妙ながらも強烈に描いたと評価される時事週刊誌「ニューヨーカー」4月5日付の表紙イラストだ。
この表紙の絵は米国で大きな反響を巻き起こした。韓国系米国人作家のジェニー・ハンがこの表紙の絵と共に「ジョンソンが捉えたこの瞬間が私の胸を痛くする」と書いたツイートは、7千回近くシェアされた。
「遅延」(delayed)というタイトルのこの表紙を描いた米国の漫画家兼イラストレーターのR・キクオ・ジョンソン氏(40)を本紙がインタビューした。今月7日に行われた電子メールインタビューで、ジョンソン氏は「(表紙のイラストの)母娘がひどく怖がっているように見えないながらも警戒を緩めない姿に描写されるよう望んだ」と述べた。
ハワイのマウイで生まれたアジア系米国人のジョンソン氏は、ニューヨークのブルックリンに住み、5年前から「ニューヨーカー」の表紙を描いている。先月16日、米ジョージア州アトランタで起きた連続銃撃事件が、今回の表紙制作のきっかけとなった。「ニューヨーカー」から表紙イラストを依頼された後、コロナ以降アジア系を対象に起こったヘイトクライムに関する記事を一つ一つ読み始めたという。
ジョンソン氏は、米国で人種問題が黒人対白人という二分法的論議に閉じこめられたため、アジア系に対する差別と嫌悪はよく見えない問題になったと語った。アトランタ銃撃事件で韓国系女性4人を含む6人のアジア人が死亡したが、アトランタ警察は捜査初期から人種的動機ではなくセックス中毒問題で犯行を犯したという容疑者の供述を強調した。ニューヨークの地下鉄や街角などで、高齢のアジア系女性に対する無差別な暴力が相次いで起こったが、米当局はこれを人種差別によるヘイトクライムと規定するのにぐずついた。
ジョンソン氏は今回の表紙で、人種差別とヘイトクライムで苦しむアジア系米国人に、表示のタイトルが意味するように「遅れた正義」が来ることを希望した。
-なぜアジア系米国人が経験する恐ろしい状況を素材に表紙を描くことになったのか。
「2016年から『ニューヨーカー』の表紙の仕事をしてきた。アトランタで銃乱射事件が起きた後、ニューヨーカーのアートエディターが電話してきて、アジア系米国人が最近経験している差別に対する表紙のアイデアはあるかと聞いた。できるだけ多くのアイデアを絞り出し、スケッチを描くのに2日間費やした。私がこのことに関して少しでも正確にスポットを当てることに力になれることを期待した」
-アジア系米国人の母娘がニューヨークの地下鉄を待っている場面、この特定のイメージをどのように構想したのか。
「パンデミックの間に起きたアジア人を狙ったヘイトクライムに関するニュースを見ながら、このプロジェクトを準備し始めた。一つ一つ読み進めるほど、だんだん他の記事を読むのがつらくなった。あまりにも多くの女性が日常生活で、特に地下鉄で狙われていた。そのような状況にある自分の母を想像した。いつも私の心の支えとなってくれた祖母と叔母を思った。絵の中の母娘はこのようなすべての女性の姿だ」
-あなたはこの表紙で、微妙だが非常に緊張した瞬間を描き出している。母娘の視線、履いている運動靴などから彼らの感じる焦りと緊張感を私たちも感じることができる。あなたが特に気を使った絵の中のディテールはあるか。
「2人のキャラクターの適切なジェスチャーを探すことに最も力を入れ、何回も絵を描き直した。彼らがひどく怖がっているように見えないながらも、警戒を緩めていない姿に描写されることを望んだ。私は、何かを付け加えるよりも省略することの方が大事だと思う。最初のスケッチには、いつものニューヨークの地下鉄駅のようにベンチ周辺にごみが散らばっている描写が含まれていた。このようなすべての不必要なディテールを省略し、この状況をもっと冷酷で不吉に表現したかった」
-アジア系米国人のあなたを含め、あなたの周りの知人の中にアジア系に対する最近のヘイト攻撃を恐れている人はいるか。
「ニューヨーク市に住む私のアジア系女性の友人らはみな、攻撃されるかもしれないという不安を感じている。特に一人で歩いたり、地下鉄に乗る時にだ。友人の何人かは護身用のコショウスプレーを持ち歩き始めた」
-最近アトランタで発生した銃撃でアジア女性6人(韓国系米国人4人含む)が死亡した。ニューヨークではアジア女性に対する攻撃が相次いでいる。韓国人コンビニエンスストアで男性が「中国に帰れ」と叫んで騒ぎを起こした。なぜこのようなことが起こっていると考えるか。
「アジア系米国人は米国で常に外国人嫌悪の的になってきた。ここ数年、米国では種族主義、政治的派閥性、人種的な分化が進んでいる。政治的右派は中国を米国で発生したパンデミック死傷者のスケープゴートにし、こうした(政治的右派の)レトリックが反アジア的感情を悪化させ、拡大させた」
-アジア系米国人に向けた人種差別は長い間、米国で「ない問題」として扱われてきたが、最近のパンデミック以後、ヘイト攻撃とともに少しずつ顕在化し始めているようにみえる。アジア系米国人の漫画家として、あなたはメディアがこのような問題をどのように扱うべきだと考えるか。
「米国で人種は圧倒的に黒人対白人の側面でのみ議論されている。アジア系米国人はこのようなナラティブが間違っていることを絶えず立証しているが、依然としてこのような二分法的人種論議ばかりに政治的関心が集まっている状況だ。もしかしたら最近の反アジアヘイトの拡散が、この状況を変化させるかもしれない」
-今回「ニューヨーカー」の表紙を通じて、米市民に伝えようとしたメッセージは何か。
「アジア系米国人のコミュニティはあまりにも巨大で多様で、皆に通用する単一のイメージを作ることは不可能だ。だが、この表紙を通して、誰かがようやく見えてきた、認知されたと感じてほしかった。アジア系米国人に関するイシューは、より広い米国文化の次元でほとんど扱われてこなかった。私はただ、人々がこのイメージの中から真実を見つけ出すことを希望するばかりだ」