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[コラム]大統領に「ノー」と言う市民の勇気

登録:2023-09-18 06:28 修正:2023-09-18 08:02
1日午前、海兵隊員殉職事件の捜査縮小圧力疑惑を暴露し抗命容疑で立件されたパク・ジョンフン前海兵隊捜査団長が、予備役の同期生らと手をつないで拘束前被疑者尋問(令状実質審査)を受けにソウル龍山の軍事裁判所に向かっている=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 最近、ドイツでの現地取材中に興味深い話を聞いた。ドイツの学校では「市民の勇気」を教える。法制度を順守することは、民主主義国家の市民の当然の義務だ。だが、国家が誤った方向に進んでいる場合は、どうするのか。ドイツは生徒たちに「ノー(Nein )」を叫び勇気をもって抵抗するよう推奨する。たとえ、それによって不利益を被る恐れがあるとしても。

 ドイツが市民の勇気を重視する背景は、多くの人がすでに気づいているだろう。第2次大戦中のナチスの蛮行に対する徹底した反省だ。多くの国民が国家の誤った行為に従順にしたがい抵抗しなかったことを、ふたたび繰り返さないようにするためだ。歴代のドイツの大統領と首相が「ドイツの歴史的責任には終わりがない」と述べ、過去の過ちを繰り返し謝罪してきたことと同じ延長線にある。

 韓国の海兵隊員殉職事件の捜査を縮小する外圧があったという疑惑が世に知られることになったのは、パク・ジョンフン前海兵隊捜査団長(大領。大佐に相当)の「勇気」のおかげだ。軍首脳部が捜査結果を警察に移牒するのを保留し、過失致死の容疑者から師団長を除外するよう圧力をかけたが、従わなかった。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が激怒して国防部長官を叱責したという話を伝え聞いても引かなかった。大統領室と軍首脳部の外圧は、明らかな違法行為だからだ。軍事裁判所法は、軍内の事故による死亡事件については、軍事警察は捜査できず、民間警察による捜査を受けるように改正されている。民主主義国家では大統領でさえ法の上に君臨できない。パク大佐の勇気は、権力による報復という大きな不利益のリスクを冒したという点で、よりいっそう輝きを放つ。

 パク大佐が、上命下服で一糸乱れぬ指揮体系が重要な軍人だという点を考慮しなければならないと主張する人もいる。そうした人たちには、ドイツ連邦国防省のウェブサイトにある「国防政策ガイドライン」を読んでみることを勧めたい。ガイドラインは、ドイツの軍人のアイデンティティを「制服を着た市民」と規定する。軍人の制服を着たからといって、民主主義国家の市民としての憲法的権利と義務を怠ってはならないという意味だ。韓国政治を専門とするドイツのデュースブルク・エッセン大学のハンネス・モスラー教授は、今回の事態について「ドイツであれば決して起こりえないこと」だと述べた。

 韓国の軍法も原則上はドイツと違いはない。軍刑法第44条は、命令不服従を違法と定めつつも、命令は正当でなければならないという前提条件を付けている。パク大佐は、移牒保留命令を明示的に聞いたわけではないとして抗命容疑を否定しているが、たとえ命令があったとしても違いはない。違法命令には拒否するのが当然だ。

 このところ私たちは、大韓民国の民主主義が蹂躪(じゅうりん)される惨状を、ほとんど毎日のように目撃している。過去数十年間にわたり独裁に立ち向かって闘い、苦労して積み重ねてきた大切な成果が、無惨にも傷つけられている。民主主義の蹂躪が、検察や監査院のような国家機関によって、法の名のもとで強行される現実は、なおさら耐えがたい。「5・16(朴正煕元大統領による軍事クーデター)は革命」、「12・12(全斗煥元大統領による軍事クーデター)は救国」、「ろうそくデモ(2016~2017年の市民革命)は反逆」という妄言を平気で吐く反時代的な人物が国防部長官候補に指名されるのが、大韓民国の「おかしく悲しい」現実だ。40年あまりの間の民主主義の成果は決して小さくないが、どんな風雨にも揺るがないほど固く根を下ろしたわけではない。

 だが、絶望に陥る必要はない。民主主義を守ろうとする「市民の勇気」が息を吹き返しているからだ。中央軍事裁判所の軍判事は、パク大佐の拘束令状を棄却した。軍事裁判所の独立性を期待できない現実にあっても、外圧疑惑を覆い隠そうとする策略にブレーキをかけた。海兵隊士官予備役の同期生たちは、令状実質審査を受けに行くパク大佐と手をつないで並んで行進した。

 検察の捜査を掲げた民主主義蹂躪勢力は、表面的には頑強にみえるが、すでに亀裂が入り始めた。巨大なダムが崩れるときも、小さな亀裂から始まる。夜明けの直前こそ、世界は最も暗くなるものだ。民主主義蹂躪勢力が持ちこたえているのも、その下で不当な指示に黙って従う人たちがいるからだ。いまこそ、国民それぞれが自分の場所から民主主義の蹂躪に対してきっぱりと「ノー」と言う勇気を示す時だ。

 真の政治家ならば、「市民の勇気」を培うリーダーシップを示さなければならない。野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表は、尹錫悦政権に抵抗するとしてハンガーストライキに入り、18日目になる。だが、イ代表が検察の捜査の不当性を理由に国会議員の不逮捕特権に頼ることが、民主主義蹂躪勢力の崩壊を防ぐ支えの役目を果たしている。イ代表が、逮捕同意案の可決に先立ち検察の令状請求を正面突破する、より大きな勇気をみせることはできないだろうか。国民が民主主義蹂躪に対してきっぱりと「ノー」と言う勇気を生かすきっかけになるだろう。

//ハンギョレ新聞社

クァク・ジョンス|ハンギョレ経済社会研究院先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1108877.html韓国語原文入力:2023-09-18 02:39
訳M.S

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