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[コラム]韓国軍のベトナム民間人虐殺、なぜ政府は恥じ入りもしないのか

登録:2023-02-23 02:39 修正:2023-02-23 08:36
パク・チャンス|大記者
ベトナムの「フォンニィ・フォンニャット村虐殺」の生存者グエン・ティ・タンさん(中央左)とグエン・ドゥク・チョイさんが12日、ベトナムのダナンの自宅で韓国裁判所での勝訴を祝う花束を贈られて喜んでいる=ダナン/シン・ダウン「ハンギョレ21」記者//ハンギョレ新聞社

 「あの日の午前、フォンニィ・フォンニャット村のグエン・ティ・タンさん(8)の自宅にはグエンさん、兄(15)、姉(11)、弟(6)、叔母(32)、従弟(生後8カ月)、近所の子(13)がいた。銃声が近づいてきた時、叔母とグエン・ティ・タンさんをはじめとする7人は怖くなって避難壕に隠れた。米軍の爆撃に備えて掘っておいた深さ1メートル、幅4メートルの小さな空間だった。自宅に押し寄せた韓国兵は避難壕を発見し、出てこいという手振りをした。叔母は出るなと言った。韓国兵は手りゅう弾を投げるまねをした。子どもたちは恐怖に耐えられなかった。…記憶から消し去りたい時が流れた。グエン・ティ・タンさんは腹を撃たれながらも素早く別の家に逃げた。腹と尻を銃撃されて立ち上がることのできない兄だけが隣にいた。後に米軍と南ベトナムの民兵隊に発見され、兄と共にヘリコプターで運ばれた。あの日、自宅にいた7人のうち5人が死亡した」(『ベトナム戦争1968年2月12日、ベトナムのフォンニィ・フォンニャットの虐殺、そして世界』(コ・ギョンテ著)に掲載されたグエン・ティ・タンさんの証言)

 消し去ることのできないつらい記憶は、ようやく少しの慰めを得た。7日、ソウル中央地裁はベトナム戦争派兵韓国軍によるフォンニィ・フォンニャットの虐殺を認め、韓国政府にグエン・ティ・タンさんへの賠償を命じる判決を下した。リ・ヨンヒ先生の『転換の時代の論理』がベトナム戦争に対する韓国社会の認識を変え始めたのは、1970年代半ばのことだった。ベトナム国民に対する暴力と加害を公に認めるには、さらに半世紀かかったわけだ。

 だが、韓国政府は判決を直ちに否定した。イ・ジョンソプ国防部長官は17日の国会国防委で、「様々な資料を確認し、証人も確認してみたが、韓国将兵による虐殺は全くなかった。ベトナム派遣将兵の名誉を考えても、この部分を重くみている」と述べた。イ長官の国会答弁は龍山(ヨンサン)の大統領室と綿密に調整したものであるはずだ。1960年代のベトナム戦争の拡大を主導した米国のロバート・マクナマラ元国防長官は回顧録で、「完全なる過ちだった。後代に説明する方法がない」と吐露している。もちろんベトナム戦争は「米国の戦争」であって「韓国の戦争」ではない。しかし、20世紀の最も誤った戦争の最も残酷な場面の一つを、21世紀の大韓民国の国防部長官が依然として無視し、「何の過ちもない」と強弁するのは穏当なのか。このような長官の答弁を容認する尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の「自由と人権」とは、いかなる意味と価値を持つのか。

 尹錫悦政権は「戦争当事者である米国もベトナム人に対して公式に謝罪したことはない」と言うかもしれない。いわんや米国の要請で参戦した韓国が謝罪できるものか、という論理だ。少なくとも58万人以上のベトナムの民間人を死に追いやり、南ベトナムの面積の12%に枯葉剤などの化学薬品をまき散らした米国に比べれば、フォンニィ・フォンニャットの虐殺は「極限の戦争状況においてはいつでも起こりうる些細なこと」のように思えるかもしれない。それでも米国防総省は、1970年代初めのベトナムにおける米軍の故意の民間人虐殺と残虐行為を徹底して調査し、9千ページにのぼる報告書を残している。機密とされたこの報告書は、30年が過ぎた2006年にようやく公開されている。

 最も残虐なミライ村大虐殺を除いて、少なくとも137人の民間人が殺された7件の虐殺など、数百件の米軍による残虐行為が報告書には記録されている。一方、フォンニィ・フォンニャットの虐殺については、韓国政府のきちんとした調査報告書があるのかも明確に確認されたことがない。虐殺翌年の1969年に中央情報部(現・国家情報院)が現場にいた将校・下士官を南山(ナムサン)に呼び出して調査したといわれるが、その内容はいまだ公開されていない。そういう点で、グエン・ティ・タンさんの苦しみには歴代の進歩・保守政権の責任がある。

 違いはある。ベトナム国民への正式な謝罪ではないが、少なくとも「遺憾表明」をした歴代大統領は3人。金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、文在寅(ムン・ジェイン)だ。金大統領は「不本意ながらベトナム国民を苦しめ、申し訳なく思う」と述べ、盧大統領は「韓国国民には心の負債がある」と述べた。文大統領は「私たちの心に残っている両国間の不幸な歴史に遺憾の意を表する」と語った。仮に尹錫悦大統領がベトナムを訪問するとしたら、ベトナム国民に何を語りかけるのだろうか。イ・ジョンソプ長官の発言を考えれば、まったく言及せずにやり過ごすのはほぼ確実だ。

 グエン・ティ・タンさんが受け取ることになる賠償金は3000万100ウォン。国家賠償訴訟の最小額である3000万ウォンに100ウォンを加えた金額だ。グエンさんは判決直後、「お金には関心がない。韓国政府に認めてもらいたい、謝罪してもらいたい、それだけ」だと述べた。家族を失い、辛うじて生き残った8歳の子どもは、半世紀ものあいだ苦しんできたにもかかわらず「謝罪が欲しいだけであり、金はいらない」と言う。一方、依然として「ベトナム派遣将兵の名誉」ばかりを強調する大韓民国政府を見ると、言葉では言い尽くせない恥ずかしさを感じずにはいられない。

//ハンギョレ新聞社

パク・チャンス|大記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1080745.html韓国語原文入力:2023-02-22 15:17
訳D.K

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