尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の低俗な一言がここまで国中を揺るがすと予想した人は多くなかっただろう。大統領の真相究明要求により「ギャグをドキュメンタリーとして受け取った(冗談をあまりにも真剣に受け止めた)」与党は、この事態の本質は「文化放送」(MBC)の字幕捏造事件だと自ら結論を下した。数日間次々と繰り出された大統領室と与党の対応過程を振り返ってみると、根本的な質問に直面する。なぜ参謀たちは最初から大統領に直接確認できなかったのか。
低俗な言葉が「私的発言であり、問題にならない」と言っていた大統領室は、それから13時間後、「『バイデン』ではなく、『ナルリミョン(吹っ飛ばしたら)』」だったと主張した。韓国の音声専門家に分析を依頼したため、結果が出るまで時間がかかったという説明も付け加えた。当初から尹大統領は「覚えていない」と言っていたたようだが、ならば第3者に依頼するのではなく、大統領に直接画面を見せて発言の有無を再確認し、対応策を話し合うのが筋であろう。これができなかった参謀たちは後で尹大統領の激怒に遭い、「集団メンタル崩壊」に陥ったという。さらに、大統領のガイドラインに沿って慌てて収拾に乗り出した最終結果が、現在のマスコミ弾圧と陣営間の対決だ。「バイデン」は確かに言わなかったが、「××(野郎ども)」を口にしたかどうかは覚えていないという尹大統領の「選択的記憶力」は、その「真偽」をめぐり物議を醸したが、与党関係者は自分たちの記憶を自ら削除してまで大統領の庇護に乗り出している。事態をここまで悪化させた核心動力は大統領の頑固さと怒りだが、問題は尹大統領の日常化した怒鳴り声が参謀たちを萎縮させていることにある。
大統領室周辺では尹大統領の「炎のような性格」にかかわるエピソードが伝えられている。尹大統領が大統領執務室で報告を受ける時は、怒鳴り声が執務室の外まで聞こえてくることが多いという。自分の報告を待っていた人たちはそれに恐れをなして、「雰囲気が良い時」に報告時間を先送りして帰る。ある省庁の長官は、政府発足初期、省庁の人事と関連して大統領と異なる意見を提示したが、「魂が抜けるほど怒鳴られ」、いまだに落ち込んでいるという。6月の国務会議では尹大統領が「教育部が大々的に改革して科学技術人材を供給しなければならない」と強調したというのが公式ブリーフィングの内容だが、実際の会議では、半導体関連の人材育成に難色を示す教育部次官に「教育部をなくしても良いのか」という趣旨で怒鳴りつけたという。
もちろん、一部では大統領の話し方に対する参謀たちの理解が足りないのが問題だという意見もある。選挙陣営で働いた経験のある関係者は、「ある提案や意見を提示した時、尹大統領が怒ると、いったん落ち着くまで待ってから、再び話を切り出せばいい。結局は大統領が合理的に判断する」と語った。また別の人物は「大統領が誰かに対して怒る時、そばで『それは違います』と弁解してはならない。代わりにもっと怒って興奮すれば、大統領が『そこまでしなくても…』 と落ち着きを取り戻す」と話した。怒ることは多いが、後腐れのない豪快なスタイルだという評価もある。
しかし、よほど打たれ強くない限り、大統領の怒鳴り声を聞いた人が直言を言うのは容易ではない。怒りをぶちまける最高指導者の前で自分が言うべきことを言うためには、辞任を覚悟しなければならないが、そのような雰囲気で自由に意見を言うのは不可能に近い。就任後、キム・ゴンヒ女史をめぐる「影の実力者」に関する噂をはじめ、官邸工事の特恵受注、大統領の動線が外部に漏れた経緯など、多くの疑惑が持ち上がったが、大統領室は明確に釈明していない。暴言波紋もコメディーからスリラーに変わったのは、「こんなふうに対応してはならない」と誰も言えなかったのが大きな原因であろう。参謀たちが大統領と意思疎通ができず直言できなければ、大統領は孤立し、聖域化していくしかない。
尹大統領は、国民の前に公開される出勤途中の囲み取材でも、たびたび怒りを抑えきれない様子を見せ、態度をめぐる議論を呼んだ。これに対し、8月の就任100日の記者会見で「私がすべきなのは、国民の意思をきめ細やかに汲み取り、民意に寄り添うこと」だとし、粉骨刷新すると述べた。しかし、今回露呈したのは、変わらない大統領のコミュニケーション不足と参謀たちの一糸乱れぬ「ご機嫌伺い」の様子だった。大統領の「怒鳴りつけるリーダーシップ」は、被疑者の前の検事として、または検察総長としては効果があったかもしれないが、他の意見も包容し受け入れなければならない大統領としては適切ではない。ホン・ジュンピョ大邱市長は昨年の大統領選予備選挙当時、尹大統領に向かって「キレ芸で成功したのはパク・ミョンス氏(韓国の芸人)だけだ」と一喝した。尹大統領はその言葉を肝に銘じるべきだ。