ともすれば忘れられがちな空気のような技術がある。どこにでもある電子機器の中に姿を隠したバッテリーがそうだ。ますます軽くなり長持ちするバッテリーは、どこにいても誰とでも簡単につながる超連結社会の基盤になった。バッテリーがなかったなら、スマートフォンや携帯用機器があふれるこの頃の路上、地下鉄、カフェの風景はまったく異なっていただろう。バッテリーはさらに多くのものを変えた。2030年代中盤にはバッテリー電気自動車が自動車の半分を占めるだろうという予測もある。変化した世の中を見回せば、リチウムイオンバッテリーの発明と発展に貢献した米国・日本の工学者3人が2019年にノーベル化学賞を受賞したのは、事実遅きに失した感もある。
リチウムイオンバッテリーの種は、逆説的にも巨大石油企業で芽生えた。ノーベル委員会の説明資料によれば、1970年代初めにエクソンは石油以後の時代を見通して、エネルギー新技術の基礎研究を積極的に支援した。この時期に米国の工学者、スタンリー・ウィッティンガム氏は、最も軽い金属元素であり自身の外側にある電子一つを簡単に受け渡しする元素リチウム(Li)に注目した。リチウムの属性を活かして電気エネルギーを充電し放電する新しい原理の装置が初めて作られた。
すごい技術の誕生がほとんどそうであるように、リチウムイオンバッテリーもすぐには完成しなかった。別の工学者ジョン・グッドイナフ氏が陽極材料を改善し電圧を二倍に高め、日本の工学者の吉野彰氏が陰極材料を変えて効率と安全性を高めた。リチウムイオンバッテリーは1991年に市場に出てきた。ノーベル委員会は彼らが「無線社会、化石燃料を使わない社会の条件を創造」したと評した。
無線化と電気自動車時代を導くバッテリーが再び挑戦の時をむかえるようだ。欧州で2035年に内燃機関による新車の販売を禁止する立法案を発表し、多くの自動車メーカーもその頃までに化石燃料自動車の販売中断を成し遂げるとしており、一世代後には内燃機関自動車を探すことは難しくなりそうだ。それにあわせてバッテリーの需要は急増している。
それと共に、現在のバッテリー技術が未来にも役割を果たせるのかを探る専門メディアの特集記事も相次いでいる。電気自動車時代に迫られる途方もない需要に対応することができるだろうか?リチウムイオンバッテリーに使われる希少物質であるリチウムとコバルトの採掘競争が環境破壊につながらないだろうか?コバルトの最大生産国であるコンゴでは、児童労働と人権問題が提起され「倫理的なバッテリー」も争点になった。使い切ったバッテリーを簡単に解体できる技術、リサイクルする技術は、電気自動車時代に必ず求められる。大切なリチウムの代わりに、よりありふれているナトリウムやマグネシウムのような元素を使うバッテリーの開発も注目される。
バッテリーは世の中を変えている。そうしたバッテリーをよりいっそう環境にやさしい技術に変えようとする社会の要求と研究現場の努力も熱くなっている。