金融当局が下したサムスンバイオロジクス(サムスンバイオ)の「故意の粉飾会計」決定は、サムスン電子のイ・ジェヨン副会長の継承に大きな障害となる。イ副会長の経営権継承に決定的な役割を果たした「2015年サムスン物産-第一毛織合併」へと飛び火している。サムスン内部でも、今回の事件を「朴槿恵(パク・クネ)-チェ・スンシル国政壟断」以降、最大の危機と認識しているようだ。
イ副会長の経営権継承の過程は大きく3段階がある。シードマネーの用意▽主要な系列企業の持ち株を安価で買い入れ▽上場・合併などによる持ち株拡大だ。第1段階と第2段階は20年間かけて精巧に終えられたが、最後の第3段階は急きょ進められた。2014年5月、サムスン電子のイ・ゴンヒ会長が急性心筋梗塞で倒れたためだ。イ会長が死亡した後にサムスングループの支配する持ち分を継ぐ場合、相続税は数兆ウォンに達する。
1996年に贈与を受けた61億ウォンがシードマネー
1996年、エバーランドCBを安値で買い
1999年、サムスンSDSBWを購入
エバーランドは第一毛織を分けて買収
2014年末、イ副会長が9%の持ち分を保有しているサムスンSDSが上場された。サムスンは長い間、サムスンSDSの上場計画はないと繰り返し明言してきた。イ副会長が1996年に転換社債を安値で買い入れシードマネーを大きく増やしたサムスンエバーランドは、2014年6月、第一毛織に名前を変えた。これに先立ち、ファッションブランドで有名な元々の第一毛織は2013年末、ファッション部門をサムスンエバーランドに、2014年7月に残りの部門をサムスンSDIに分けて買収された。
イ副会長は2014年、サムスンSDS上場およびサムスンエバーランドと第一毛織の一部の合併上場で、時価6兆ウォン(約6千億円)を超える持ち分を手に入れた。両社の持ち分の獲得に使われたシードマネーは、1990年代後半には100億ウォン足らずだった。イ副会長は2014年末、サムスングループの支配構造で中心的な役割を果たす金融系列会社のサムスン生命とサムスン火災の持ち分を200億ウォン(約20億円)分ほど買い入れた。
2015年5月、第一毛織(旧サムスンエバーランド)にサムスン物産を統合する作業が行われる。イ副会長が持ち分23.2%を保有した第一毛織の価値を高め、持ち分のないサムスン物産の価値は下げるのがイ副会長にとって有利だった。結局、サムスンエバーランドが第一毛織の一部を吸収して第一毛織に名前を変え、続いてサムスン物産と合わせて再び統合サムスン物産に生まれ変わる希代の変身術を経て、イ副会長がサムスン物産の持ち分を確保したことで、グループの支配力を強化するシナリオが現実化した。
第一毛織の価値を大幅に高めるのにサムスンバイオが利用された。サムスングループは2010年、5大次世代事業の一つとして「バイオ・製薬」事業を選定し、2011年に医薬品を委託生産するサムスンバイオロジクスを設立し、翌年バイオ複製薬を開発するサムスンバイオエピスを設立した。イ副会長が筆頭株主のサムスンエバーランド(以後、第一毛織に社名変更された後、現在サムスン物産に統合)がサムスンバイオの最大株主になり、サムスン電子が2大株主になった。「イ・ゴンヒの半導体」に次ぐ「イ・ジェヨンのバイオ」を作るための基盤がが準備されたのだ。
イ・ゴンヒ会長が倒れた後、継承作業にスピード上げ
2015年、第一毛織とサムスン物産合併作業
第一毛織の価値を高め、物産の価値は下げる
エバーランド→第一毛織→サムスン物産という変身術
2015年5月に合併計画を発表したサムスンは、2カ月後の7月1日、これまで公開しなかった仁川松島(ソンド)のサムスンバイオ事業所を証券アナリストたちに公開し、1日前の6月30日に企業説明会を開くなど、価値を膨らませるのに必死になった。サムスンと密接な関係にある証券会社のアナリストらが書いたリポートは、合併の過程で会計法人がサムスンのバイオ事業を評価するのに参考資料として活用された。会計法人の評価報告書は、サムスン物産の単一株主としては筆頭株主(11.2%)だった国民年金が合併に賛成票を投じる重要な根拠となった。問題はさらにある。サムスンバイオの価値を膨らます過程で、サムスンバイオの合作会社である米国の製薬会社バイオジェンが保有する「コールオプション」(期限内株買収権)を抜いたことだ。バイオジェンがコールオプションを行使すれば、2018年までサムスンバイオエピスの持ち分41%を追加で獲得することができた。会計原則上、コールオプションは負債で処理しなければならないが、サムスンバイオは合併まで会計上の負債として反映しなかった。金融監督院は「サムスンが(サムスンバイオ筆頭株主である)第一毛織の株式価値を過大評価するため、故意にコールオプションを会計に反映しなかった」とみている。
サムスンバイオ、支配力確保の決定的要素に
「イ・ゴンヒの半導体、イ・ジェヨンのバイオ」の枠組つくり
サムスンバイオを拡大して第一毛織-サムスン物産を合併
サムスン物産通じてサムスン電子、サムスン生命も掌握
この選択は致命的なブーメランになった。合併が成立した9月、統合サムスン物産は帳簿を合わせる過程で株価維持のためにバイオ事業(サムスンバイオロジクス+サムスンバイオエピス)の価値を6兆9000億ウォン(約6900億円)と評価したが、それに伴いバイオジェンが保有したコールオプション(負債)の価値まで1兆8000億ウォンに膨らんだ。この場合、サムスンバイオは完全に資本蚕食状態に陥る。資本蚕食になれば株式上場はもとより、金融機関の融資なども制限されるため、サムスンは資本蚕食を防がなければならない。
当時、サムスンバイオがサムスン未来戦略室に報告した文書によると、資本蚕食を防ぐ3つの方策(1.コールオプション契約修正 2.サムスンバイオエピスを関係会社に変更 3.コールオプションの価値の削減)を考え、2つ目の方策を選択する。サムスンバイオエピスを関係会社に変えて、サムスンバイオに会計上の大規模利益が生まれるようにしたのだ。このような会計変更をするには、会社に対する支配力の喪失など特別なきっかけが必要だが、サムスンバイオは「サムスンバイオエピスが開発した製品が販売許可を受け始めてから企業価値が高まった」と主張した。金融当局はこれを「4兆5600億ウォンの故意の粉飾会計」と判断した。
便法継承で得たものと失ったもの
サムスンバイオの合弁会社のコールオプション抜け落ちが分かり
金融当局「4兆5千億ウォンの故意の粉飾会計」
合併過程はもとより、継承の正当性も揺れる
サムスン物産の価値は引き下げられた。「レミアン」マンションのブランドを保有するサムスン物産は、合併が推進されていた2015年に、マンションの供給を大幅に減らし、合併直前に国外の大型発電所を受注した事実を隠し、合併後に公開した。サムスン物産は国外建設事業の一部をサムスンエンジニアリングに渡しもした。さらにはサムスン物産がマンションブランド1位のレミアンを売却するという噂も広がった。いずれもサムスン物産の会社の価値を下げる行為で、背任の疑いがもたれる。結局、2015年上半期に大手建設会社の株価が20~30%値上がりした際、サムスン物産は10%近く下落した。結局、第一毛織は自分より資産が3倍も多いサムスン物産よりさらに3倍高い価値を得て合併された。イ副会長は、サムスングループの持株会社の役割を果たしている統合サムスン物産の持ち分を17.23%保有している単一筆頭株主となった。
イ副会長は1991年にサムスン電子に入社し、2012年にサムスン電子副会長になった。当時、彼が保有していたサムスン電子の持ち分は0.6%に過ぎなかった。このような状況の中、2014年にイ・ゴンヒ会長が倒れると、イ副会長のサムスン電子に対する安定的な支配力の確保が喫緊となった。イ副会長が23.2%を保有した第一毛織の価値を最大限高め、持ち分が全くないサムスン物産と合併すれば、イ副会長がサムスン物産を掌握すると同時にサムスン電子の支配力も強化することができる。合併前、サムスン物産はサムスン電子の持ち分4.1%を持っていた。イ副会長は国民年金など朴槿恵(パク・クネ)政府の協力を引き出し、持ち株会社に当たるサムスン物産を通じて、グループの二頭馬車であるサムスン電子とサムスン生命を支配することになった。
この過程でイ副会長が失ったものはさらに大きい。不正な方法で継承されたというレッテルだ。1996年に父親から贈与を受けた61億ウォン(約6億円)をシードマネーとし、1996年にエバーランド転換社債(CB)48億ウォン分と、1999年にサムスンSDSの新株引受権付社債(BW)47億ウォン分を買い取った。当時確保したエバーランドの転換社債は、第一毛織を経て現在3兆2000億ウォンを超えるサムスン物産の株式になった。サムスンSDSの株式価値も現在1兆3000億ウォンにのぼる。グループ内の核心系列会社の持ち分を転換社債などを通じて便法で確保したわけだ。イ副会長が保有しているサムスングループの持ち株は、現在6兆3000億ウォン(約6300億円)に達する。単純計算すれば、シードマネーが約20年間で1000倍に増えたということだ。