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「公共領域にはびこる英語、新たな支配体制を強化する」

登録:2020-10-10 02:37 修正:2020-10-11 07:22
言語学者らによる討論会開催
ハンギョレ言語文字研究所・ハングル文化連帯 
10日に「ハングルの日記念ハングル文化討論会」 
「易しい公共言語は民主共和国の基礎…公共言語の改善に国が取り組むべき」
ゲッティイメージ//ハンギョレ新聞社

 「2020年ハングルの日記念ハングル文化討論会」が、ハンギョレ言語文字研究所とハングル文化連帯の共催で、10日午前11時からソウル大学虎岩教授会館で開かれる。「公共言語改善の社会哲学樹立」をメインテーマとしたこの討論会には、ハングル文化連帯のイ・ゴンボム代表、米ユタバレー大学のカン・ミア教授、祥明大学のパン・ミンヒ教授、シンガポール大学のパク・ソンヨル教授、全北大学のチョン・テソク教授、霊山大学のチャン・ウンジュ教授が参加する。発表者たちは、難しい外国語と漢字語に汚染された公共言語が民主共和国の理念を傷つけ、エリート支配を強化するということに注目し、共通善に寄与する方向へと公共言語を改善するには国と社会がどのような努力をすべきかについて討論する。

 基調発題(「公共言語と人権」)を行うイ・ゴンボム代表は、公共機関が先頭に立って公共言語を傷つけている事例を示すことから議論を始める。「Heart Saver(ハートセイバー)」という賞が代表的だ。済州消防庁が済州道知事の名において授与する賞だ。初めて聞けば何を言っているのかさっぱり分からない賞だが、実は「心臓マヒの救急患者」を救った救急隊員に授与する賞だ。これだけではない。済州消防庁は「ブレインセイバー」「トラウマセイバー」という賞まで新たに作っている。平凡な韓国語使用者には理解できない言葉を公共機関が賞の名として使うのは、典型的な「英語事大主義」と言うに値する。

 数年前、龍仁市東川(ヨンインシ・トンチョン)駅前の車道の路面に「Kiss&Ride(キスアンドライド)」という英語標示が登場した。鉄道やバスを利用する人を送ったり迎えに来たりするための車が、少しのあいだ停車できる区域を指すものだ。しかし、英語をそこそこ知っている人でも、まったくその意味が分からない言葉だ。市民の抗議によってこの標示は変更されたが、まもなく水原(スウォン)の光教中央(クァンギョチュンアン)駅前に、そして高陽(コヤン)、利川(イチョン)、驪州(ヨジュ)などにこの標示が新たに登場した。このような言葉は、公共機関で一度使い始めれば、いたるところで真似されるため、伝染病のように広がるのを防ぐことは難しい。さらに深刻な問題もある。「子ども食品安全保護区域」を意味する「Green Food Zone(グリーンフードゾーン)」というローマ字の看板は、政府が法令の施行規則にそのように表記するよう定めているため、全国約1万あまりの学校の前に設置された。市民が抗議しても、政府は交換費用が高すぎると言って直そうともしない。

 イ代表はこのような事例を挙げ、国民の生活と安全に大きな影響を与えるものであるにもかかわらず、普通の人には分からない言葉として、高い所から命令するように降りてくるのが公共言語の現実だと指摘する。「これこそ統制されない無形の権力であり、国民の口から出たにもかかわらず国民の口を封じるくつわだ」。このような公共言語を改善しようという運動について、「民族主義、国粋主義、国家主義」と非難する人もいるが、公共言語に対する市民の批判と改善要求は、民主社会を作る上で必要不可欠な活動だ。「公共言語に対する干渉を不当だと思う人こそ、公共言語を独り占めしようとする人だ」。イ代表は、難しい外国語の乱用は国民の知る権利を脅かすほどになったとし、易しい公共言語を使うことは、人権を守り、育てることだと強調する。

 霊山大学のチャン・ウンジュ教授は、民主共和主義の理念に照らして、公共言語とはいかにあるべきかを語る。古代ギリシャ・ローマで発達した共和主義理念は「支配なき自由」すなわち「何者にも支配されない自由」を規範的志向の核とした。「支配なき自由」の理念を実現する鍵となるのは、人の支配(人治)ではなく法の支配(法治)の実現だ。だが、法の支配を強制的なものへと近づけないようにするためには、その法の制定にすべての人が参加しなければならない。自らが参加して作った法に自らが従う時、その法の支配は一種の「自治」となり「自律」となる。この共和主義理念を具現した国が共和国であり、その共和国を市民が主となって導く時、民主共和国と言う。チャン教授は、この共和主義理念が、韓国の儒教的政治の伝統においても、民本主義と君臣共治という姿で現れたと述べる。儒教的共和主義政治の流れは、3・1運動を経て今日の「民主共和国」大韓民国へとつながる。チャン教授は、儒教的共和主義の基礎となったのは一種の能力主義(メリトクラシー)原則、すなわち誰もが実力によって科挙に合格すれば、士大夫となって統治に参加できるという原則であったと述べる。しかし、この能力主義の原則には光と同じくらい陰もあり、今日その陰は濃くなっているとチャン教授は指摘する。形式的には民主主義だが、内容を見れば教育と学閥によって社会階層が固まりつつあり、少数のエリート集団による権力独占がひどくなっているというのだ。

 ここでチャン教授は、少数のエリートが政治と社会を支配するに当たり、「言語」が有力な手段として使われていることを指摘する。「新たな貴族の支配体制」とも言えるこのような体制においては、特別な種類の言語を使用できる人々が公論の場を掌握し、排他的権力を振るう。そして英語や他の外国語が標準語となり、韓国語は劣等な方言となる状況が起こる。このような傾向が強化されれば、民主共和国はそれこそ外皮のみが残ることになる。チャン教授は、公的領域で難しい漢字語や外国語が横行するのは、一般市民を排除して意思決定を独占しようとするエリート集団の支配への欲望が生んだ現象だと述べる。したがって国が公的領域に介入して公共言語を一般市民に返すことは、自由の侵害ではなく、共和主義の理念である「支配なき自由」を実現する上で必要不可欠な条件だ。チャン教授は、少数エリートによる言語独占を放置すれば、こうした流れに対する反動として、極右ポピュリズムの「暴言政治」が広がる可能性があると警告する。

 チャン教授の議論と同様に、チョン・テソク教授も社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」の概念を引用し、言語が資本となって階級格差を拡大する様相を分析する。パク・ソンヨル教授は、言語がすなわち「政治的闘争の場」であるということに注目し、公共言語は階級的に中立的ではないことを指摘しつつ、社会的弱者の側に立つ公共言語政策が登場すべきと強調する。またカン・ミア教授は、世界的な韓流ブームと大量の移住外国人の登場により「韓国語のグローバル化」が現実のものとなりつつあるとし、韓国語使用者の多様化の様相に注目する。パン・ミンヒ教授は、英国と米国の民間団体が展開してきた「易しい英語運動」の歴史を紹介しつつ、この運動が市民の権利の強化に大きな貢献をしたことを詳しく紹介する。

コ・ミョンソプ先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/965088.html韓国語原文入力:2020-10-09 04:59
訳D.K
ハングル文化連帯のイ・ゴンボム代表=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社
カン・ミア教授(米ユタバレー大学)=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社
パン・ミンヒ教授(祥明大学)=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社
パク・ソンヨル教授(シンガポール大学)=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社
チョン・テソク教授(全北大学)=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社
チャン・ウンジュ教授(霊山大学)=ハングル文化連帯提供//ハンギョレ新聞社

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