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コーヒー原価120ウォンと韓国司法の政治化【コラム】

登録:2025-05-21 01:19 修正:2025-05-21 09:36
リュ・イグン|ハンギョレ経済社会研究院長兼論説委員
尹錫悦政権には117人の元検事をはじめ136人の検察出身者がいた。2022年4月、大統領職引き継ぎ委員会で、元検事のクォン・ヨンセ統一部長官(左)と同じく元検事のハン・ドンフン法務部長官(右)の指名を発表する元検事の尹錫悦大統領=共同取材写真//ハンギョレ新聞社

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)、クォン・ヨンセ、クォン・ソンドン。昨年12月以降、韓国で最も問題のある3人の男性だ。政府と与党を率いていた2人は舞台から退場し、1人はまだ残っている。3人は尹錫悦政権の共同創業者だ。また、大統領として、党の非常対策委員長や院内代表として、政治と政党民主主義の退行の主役を演じてもいる。

 いずれも元検事だ。法を誰よりもよく知る者たちが、寝ても覚めても法治を叫んでも足りないのに、1人は内乱の首謀者となって違法な戒厳を宣布した。残る2人はそれに同調および傍観し、また、党内手続きを踏んで選出された大統領候補を数時間で引きずり降ろした。

 体制の守護者を自任する者たちが反民主主義の先鋒となるという驚くべき矛盾は、どこではじまったのだろうか。問題のある3人を含む幾人かの個人的な逸脱なのか、それとも過度な権力機関として君臨する検察で馴染んだ何らかの習性の問題なのか。

 2週間ほど前の、ある集まりでの出来事。学界、市民社会団体、経済団体などの10人あまりの専門家が集う席で、ある人物が、法治を掲げた尹錫悦政権がどうして民主主義を傷つけたのか疑問だと述べながら、こう言った。「時事番組は弁護士ばかりで、私たち社会学者には出演の機会もない」

 「法の政治化」を批判しつつ飛び出した発言だが、韓国社会にまん延する「法曹の過剰」を示す一断面でもある。政治や時事を扱う番組だけでなく、官民を問わず、あらゆる委員会に必ず法曹人がいるほど、法曹全盛の時代だ。

 さらには、立法、司法、行政の三権分立を標榜する国において、立法府も司法化が進んでいると表現してもいいほど、法曹の過剰は激しい。法を適用する側の専門家集団が、法を作る側でも主流となっているのだ。国民を代表する国会議員は、300人のうち60人あまりが法曹人で占められている。有権者の約0.09%(約4万人)に過ぎない法曹人が、議員の20%を占めているのだ。その半数が元判事や元検事だ。米国やドイツなども法曹人の割合が比較的高いが、議員バッジをつけている元判事や元検事の割合が韓国ほど高い国は見当たらない。また、大半は政治経歴をほとんど積まずにスカウトされる。検察総長を辞して5カ月で大統領候補になった尹錫悦前大統領が代表的な例だ。

 元法曹人の政治家の中には優れた人物も少なくないが、政治における法の要素と法曹人材の過剰は別次元の問題だ。法曹の過剰が政治の両極化をよりあおるという懸念もある(パク・サンフン元国会未来研究院招聘研究委員)。立法の洪水と共に、相手陣営を告訴・告発するために法理に明るい法曹人の需要の増加がある。一昨日、与党「国民の力」は、対立候補を虚偽事実の流布や名誉毀損などで告発した。野党の「共に民主党」のイ・ジェミョン候補が、「コーヒーの原価は120ウォン」だと言ったことを問題視したのだ。自営業者が直面している現実をめぐって論争を繰り広げることはあるだろうが、告発というやり方で問題化することが正しいのかは疑問だ。選挙の季節がめぐってくるたびに各党は、法律の知識で武装した組織を育て、対立候補の発言や行為などに対する攻撃を強めてきた。

尹錫悦前大統領が2022年8月25日、忠清南道天安の才能教育研究院で行われた与党「国民の力」の国会議員研鑽会に出席し、ジュースの入ったグラスで議員と乾杯している。尹前大統領の左にはクォン・ソンドン議員の姿が見える=大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 このような環境においては、政治的な意見の相違や確執は対話や妥協ではなく、法令やあらゆる規則を誰がより有利に解釈するかによって勝敗が分かれることになる。党内の民主的手続きを経て大統領候補に選出されたキム・ムンス候補が、一本化の圧力に耐えられず、候補としての地位の確認を求める仮処分を裁判所に申し立てて棄却されたのは、その決定版だ。

 このような政治の司法化の風土は、司法の政治化現象をも生んでいる。元検察総長が大統領になったことで、検察の政治化は頂点に達した。裁判所もかつて、権力の使い走りをしたり、ヤン・スンテ最高裁長官時代のように裏取り引きをしたりもしたが、今や主役を演じている。チョ・ヒデ最高裁がイ・ジェミョン候補の事件を処理する過程で示した態度は、裁判所が政治的行為者として前面に登場しうることを物語っている。

 司法の政治化は、ある日偶然に天から降ってきたわけではない。政治の司法化が積もり積もった土壌で育まれてきたものだ。政治的問題の解決の決定権を司法に譲り渡してきた過程のある瞬間に、司法が政治的行為者として自らの力を積極的に行使したことで生じた現象だ。司法の過剰を解消しないでいると、いま目撃しているものよりも大きなコストを支払わされる時が改めてやってくるかもしれない。

//ハンギョレ新聞社

リュ・イグン|ハンギョレ経済社会研究院長兼論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1198467.html韓国語原文入力:2025-05-20 17:51
訳D.K

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