原文入力:2011-05-09午後08:09:52(1815字)
岐路に立った光明市場商人たち "龍山は他人事ではない…ここもまもなく爆発"
ホン・ヨンドク記者
←ニュータウン事業に反対する横断幕が懸かっている京畿光明市、光明伝統在来市場で去る7日、市民が買い物をしている。 イ・ジョンウ先任記者 woo@hani.co.kr
"市場が命です。すべての商人が権利金を2億ウォンはかけています。ところが、そのまま追い出そうとしています。" 去る1日に訪ねた京畿光明市、光明3洞、光明伝統在来市場で会った‘珍味ポッサム’の主人イ・ヨンハ(76)氏。市場通りで30年にわたり自分で醸造したマッコリと豆腐キムチ、ガンギエイなどを商い3人の子供たちを主要大学に全員行かせた。「私のからだに火を付けてでも、ここだけは差出すわけにはいかない」と話した彼は、しばし涙で話をつぐことができなかった。
‘ニュータウン狂風’が吹きつけるまで、ここは光明の誇りだった。‘トリネ’は緑豆ビンデトック1枚3000ウォン、麺一杯1000ウォンの庶民の店で、‘チュンジャネ’は食べ物を運ぶ従業員ばかり6人だ。‘クヮィルナラ(果物の国)’はオレンジ6個をかごに入れて1000ウォンで売る。380余りの店舗のほとんどすべての商品が1万ウォンを越えない程に、値段が安く種類も多様だ。光明地域の庶民だけでなくうわさを聞いてソウルの木洞や江南地域からもお客さんが集まり、週末には訪問者だけで5万人を軽く越える。全国に1570ある在来市場の中で7位の規模で常勝疾走してきたが、市場はわずか2年間で‘存廃’の岐路に立たされた。
2009年12月4日、こちらの市場を含めて光明3洞一帯は光明ニュータウン19C区域として促進計画が告示された。初めは土地など所有者たちの反対が強かった。事業性も不透明で財産だけ半分出すという理由からだ。だが、路地ごとに広報業者、いわゆる‘OS業者’(アウトソーシング業者)の職員が組合推進委員会設立に必要な印鑑同意書を集めに通い、商店街全体の99%に及ぶ商店街賃借人たちの不安感も大きくなっていった。彼らも商店街の入り口に「市民の皆さん、助けて下さい」「伝統市場は生活の基盤だ」等と書かれた赤い垂れ幕を掲げニュータウン反対運動に立ち上がった。
食堂を営むキム・インスク(49・仮名)氏は「龍山事態は他人事ではない、ここはまもなく爆発するだろう」と雰囲気を伝えた。1997年、救済金融危機の時 夫と共に銀行を名誉退職した彼女は8年前に保証金4000万ウォン、家賃120万ウォンを払う条件で店を譲り受けた。その上、権利金5000万ウォンを(前の借主に)払い、食堂施設の改善・補修に1000万ウォンを更につぎ込んだ。
休日もなしで昼夜分かたず仕事をしているというキム氏は「すべての人が一番最後に入ってきて働いているので‘市場の底’と呼ぶ」として「一日でも休めばお客さんを取られると思い、昼夜のべつまくなし働いてきた」と話す。そのようなキム氏はどれくらいの補償を受けられるのだろうか? 4ヶ月分の営業損失補償金1200万ウォンが全て。 「商圏補償は? 8年間、死ぬほど働いた代価は? 施設費も、権利金も皆フイにして、その素晴らしい営業補償費を受け取り どこへ行き何をしろと言うんだ?」キム氏もやはりしばし喉をつまらせた。
胸が焦げているのは商店街借家人だけではない。市場内のニュータウン非常対策委員会事務室で会ったキム・ジョンス(72)氏。店12ヶ所を所有する彼も借家人に劣らずニュータウン事業に反対している。キム氏は「商店街借家人たちに保証金を戻して営業補償費を払ったら私は手ぶらで逃げなければならない」として「アパート一つ、ちりんと受け取り入居すれば、後はセメントをはがして食べていけという話か」と声を荒らげた。
光明伝統在来市場のようにソウル・京畿地域ニュータウン事業場には、大小の在来市場と町内商店街がある。光明市関係者は「ニュータウン事業区域に借りている人々の現況をこれといって把握してはいない」と話した。光明/ホン・ヨンドク記者 ydhong@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/area/477088.html 訳J.S