原文入力:2009-02-17午前02:04:00
キム・スファン枢機卿 善終
ソン・ギョンファ記者
←キム・スファン枢機卿
数十年間、韓国天主教を代表してきたキム・スファン(ステファノ)枢機卿が16日亡くなった。享年87歳。天主教ソウル大教区は16日「健康悪化でソウル 江南聖母病院に入院中だったキム・スファン枢機卿がこの日午後6時12分亡くなった」と明らかにした。病院側は枢機卿の生前からの臓器提供意思に従いこの日午後7時30分頃、両側眼球を摘出し故人の遺体は夜10時頃ソウル,明洞聖堂大聖殿ガラス棺に安置された。
ソウル大教区長のチョン・ジンソク枢機卿は「キム・スファン枢機卿は老患で苦痛を受けながらも最後の瞬間まで微笑と人間味を失われなかった」として「枢機卿が最後の瞬間まで世の中に向かって叫ばれたメッセージは人間に対する愛とキリストの平和と和解であった」という哀悼文を発表した。法王ベネディクト16世もチョン枢機卿に送った電報で「深い悲しみを感じる」と哀悼した。
ソウル大教区は「キム枢機卿の死因は肺炎による急性呼吸不全」と公式発表した。ソウル大教区は「チョン枢機卿を委員長とする葬儀委員会を構成し20日午前10時ソウル大教区長として葬儀ミサを行う」と明らかにした。
故人を最期を見届けた天主教ソウル大教区ホ・ヨンヨブ神父は「枢機卿が2~3日前から病室を訪れた人々に‘この間とても多くの愛を受けて感謝する’という話を繰り返して言われていた」として「この日午後から血圧が下がり息をするのも苦しがられたが善終の時まで大きな苦痛を感じはしなかった」と話した。
老患で健康が悪化し入退院を繰り返してきたキム枢機卿は昨年8月末から江南聖母病院で入院治療を受けてきた。昨年10月初めには一時呼吸困難で意識を失うなど危篤な状態をむかえることもあった。
←キム・スファン枢機卿の遺体が16日夜、ソウル,明洞聖堂へ運柩されカトリック儀式に則りガラス棺に安置される儀式が進められている。 写真共同取材団
キム枢機卿は1922年5月、大邱で出生し51年司祭叙品を受けた。68年大主教に昇品しソウル大教区長になった後、翌年韓国人最初の枢機卿に叙任された。キム枢機卿は以後、天主教主教会の議長,アジア天主教主教会の構成準備委員長などを歴任し、98年定年(75才)を越えてソウル大教区長から引退した。
キム枢機卿は71年クリスマス ミサでのパク・チョンヒ政権を批判するスピーチを始め87年‘6月抗争’の砦となった明洞聖堂を守るなど私たちの社会の民主化に大きい足跡を残した。
キム枢機卿の善終の知らせに政界と宗教界,経済界はもちろん一般市民たちは「この土地の偉大な方を失った」として悲しみを表わした。イ・ミョンバク大統領は「この国が産業化と民主化を経て今日に至るまで、峠ごとに国家元老として大きい役割をしてこられた枢機卿様を失ったことは国家的に大きい損失」と哀悼した。
ソン・ギョンファ記者freehwa@hani.co.kr