尹錫悦(ユン・ソクヨル)による戒厳令という内乱が失敗してから、内乱の残党はこれまで不断に生き残りと復権をたくらんできた。
一つ目は「回避戦略」だ。戒厳令の失敗後、尹は昨年12月7日の談話で「私の任期を含め、今後の政局安定方策は我が党に一任します。今後の国政運営は我が党と政府が共に責任を持っておこなっていきます」と表明した。この談話にもとづき、与党「国民の力」のハン・ドンフン代表とハン・ドクス首相は翌日に尹を職務から排除し、自分たちが今後の国政に共同で責任を負うという、いわゆる「ハン-ハン」体制の発足を宣言した。野党はもとより、与党内でも大きな反発が起きた。職務排除に怒ったのか、尹は翌日、イ・サンミン行政安全部長官(当時)の辞表を受理することで、依然として権力を行使し、ハン-ハン体制を引き戻した。
二つ目は「正面突破戦略」だ。自身の任期と国政を党に任せると言った尹は、5日後の12月12日に改めて談話を発表し、「国政の麻痺と国憲の紊乱(びんらん)を繰り広げている勢力」である「巨大野党」による相次ぐ弾劾と予算の削減のせいで戒厳令を宣布せざるを得なかったとして、「最後まで戦う」と述べた。この談話から生じた言説がいわゆる「警告のための戒厳」や、中国人スパイ説、選挙不正などだ。
これは回避戦略よりは効果があった。与党内からも大きな反応が得られた。警告のための戒厳は「啓蒙令」言説へと発展し、光化門(クァンファムン)と汝矣島(ヨイド)での大々的な極右勢力の蠢動(しゅんどう)を引き出した。しかし、予想通り憲法裁判所で弾劾が決定されたことで、極右と手を握る正面突破戦略も破綻した。
三つ目は「既成事実化戦略」だ。弾劾直後から本格化したハン・ドクスの大統領選出馬の布石といえる。国会が指名したマ・ウンヒョク憲法裁判官の任命については「大統領権限代行が(任命を)行えるのかは懐疑的だ」と言って拒否したハン・ドクスは、突如として大統領指名枠の2人の憲法裁判官を指名するという暴走に出た。これは正に既成事実化に他ならない。憲法裁はハン・ドクスの裁判官任命の効力を停止させる仮処分の申し立てを認めたが、このような行動は米国との通商交渉をきっかけに増幅している。
出馬について何も語らないハン・ドクスは、関税爆弾をさく裂させた米国との通商交渉について、「私に与えられた最後の使命を全うする」と述べた。ハン・ドクスと経済チームは、米国との交渉でまず自ら貢ぎ物を差し出した。米国が望んでいる造船業とアラスカのガス田開発だ。
スコット・ベッセント財務長官は24日の韓国との初会談の終了後、「『了解に関する合意』は来週初めには可能となる」と述べた。了解覚書を意味するものだと言える。韓国側は「7月パッケージ」合意だとして、新政権の発足後に合意すると語る。しかしベッセントの言う通りなら、ハン・ドクスとその経済チームが米国と合意し、新政権は判を押すだけか、あるいは微細な数字の調整にとどまる可能性がある。
今、トランプ大統領が火をつけた関税戦争で最も焦っているのは、他ならぬトランプと米国だ。高率関税が招いた逆風は証券などの金融市場を焦土化しており、とりわけ米国債が揺らいでいることで、米国の財政赤字と国の負債が爆発している。零細業者をはじめとして財界も大騒ぎだ。トランプの支持率は40%前後にまで下落した。トランプが交渉を求めてこいと催促する対象である習近平の中国は、びくともしない。むしろ米国に対して、台湾や中国制裁の問題を含めて論議しようと逆攻勢をかけている。韓国が急ぐ必要はない。とりわけ韓国は今、1カ月後には退くことになる大統領代行体制だ。
ところがハン・ドクスは、そんな米国を相手にして最後の使命の時間を延長しようとしている。通商交渉で米国にあらかじめ貢ぐことでトランプ政権の支持を得て、それを自身の功績として飾り立て、大統領選挙に出馬しようとの意図だ。ベッセント長官は29日にも、7月初めまでは合意できないという韓国の主張について、「私は実際には、我々の対話を通じてその逆だと考えており、これらの政府が選挙前に貿易交渉の枠組みを固めることを願っている」とし、「実際に彼らは交渉により積極的で、合意しようとしており、本国に帰ってそれを宣伝しようとしていることが分かった」と述べた。大統領が空位となっているにもかかわらず、国家安保室のキム・テヒョ次長が米国を訪問し、東北アジアにおける韓国の安保上の役割を論議しているという。ハン・ドクスの周囲からは、(ハン・ドクスが)当選すれば通商交渉を終え、尹の残りの任期を全うするにとどめて改憲するという声が聞こえてくる。
だから、この既成事実化戦略は「上納」戦略へと発展するのだ。新政権が発足するたびに権力者の意に沿う捜査のネタを自ら進んで上納するという検察のやり方と同じだ。既成事実化し、米国に上納して大統領選挙を経て生き残ろうという、内乱の残党の戦略だ。
チョン・ウィギル|国際部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )