今月8日夜、ソウル地下鉄3号線の梅峰(メボン)駅前。ルーフ上のセンサーを除けば普通の中型タクシーと変わりのない車に乗り込んだ。この深夜タクシーのドライバーは人間ではなく人工知能(AI)だ。6日から有料輸送を開始した自動運転タクシーは、平日夜10時から翌朝5時までソウルの江南(カンナム)一帯を走行する。
出発地点から70メートルほど走行した安全要員は、自動運転区間が始まる梅峰駅の交差点にさしかかると、ハンドルとアクセルペダルから手足を離した。走行データを学習した「AIドライバー」に乗客の安全を任せる瞬間だった。
自動運転タクシーは、深夜帯の一般タクシーとはスピードからして異なっていた。最高速度は時速50キロだが、子ども保護区域などでは速度を落として走行する。良才(ヤンジェ)駅方面へ300メートル走行する間、AIドライバーは「原則主義者」のように振舞った。横断歩道の手前で停車していたバスとは十分な車間距離を保って停止し、直進車線が空いていても車線変更を試みたのは他の車をすべて先に行かせてからだった。「乗客の安全を最優先に考慮するよう設定されている」という安全要員の説明通り、判断は慎重かつ保守的だった。
人間の目ではなく、レーダーやカメラなどの複数のセンサーで道路状況を判断する自動運転タクシーは、「先んじてやって来た未来」かのごとく、いつの間にか私たちの日常に現実のものとして迫ってきている。ソウル市が2024年9月から江南一帯で試験運行を開始した自動運転タクシーは先日、時間帯によって基本料金の異なる有料サービスへと転換され、道路を走っている。しかし安全性の検証、インフラの拡充、規制の整備など、解決すべき課題は依然として多い。自動運転車が入り込んできたタクシー産業は、AI時代における政府の役割が凝縮されている。
AIドライバーはまだ初心者マークに近い。道谷1洞(トゴクイルトン)住民センター交差点では、車の右の歩道の端で信号を待っていた歩行者を道路上の障害物と認識し、急ブレーキをかけた。ケナリアパート交差点でUターンを試みた際には、信号が黄色に変わるのを予測できずにハンドルを切り、急停車。歩行者がおらず車の流れが単純な区間では比較的こなれた運転技術を示したが、車線変更や信号の流れを予測しなければならない際には不安定だ。ソウル市の深夜自動運転タクシーサービスには現在、カカオモビリティ(2台)とSWM(5台)が参入している。
■AIドライバーに焦るタクシー業界の方からAI企業に握手求め
昨年9月に韓国銀行が発表した報告書「自動運転時代、韓国タクシーサービスの危機と革新方策」によると、世界の自動運転タクシー市場は2024年には約30億ドルだったが、2034年には1900億ドルに達し、平均すると年に51.4%成長することが予想される。米国や中国などの自動運転先進国では、AIを基盤とした技術が高度化するにつれ、運転能力が急速に向上している。予測不可能な状況への対応力が改善したのはもちろん、膨大な走行データが蓄積され、人間を超えるレベルに近づいているとも評価されている。政府は2027年の自動運転車の商用化を目標に、特定の区域や条件下でドライバーの介入なしに走行できる「レベル4」の導入を推進している。ただし、国内の技術力は自動運転先進国に比べて2年ほど遅れている、というのが専門家の評価だ。
AIドライバーの登場に、タクシー業界はざわついている。既存の免許システムが急激に揺らぐと、数十年にわたって続いてきた伝統的なタクシー産業が打撃をこうむることが避けられないからだ。法人タクシーの2代目経営者、HCタクシーのイ・ウヨン代表は、「タクシーは数十年にわたり、公共サービスとして乗客の安全を守る運営・管理システムを蓄積してきた産業」だとして、「技術中心の観点から慌てて導入した際、事故が起きたらその責任は誰が取るのか」と問うた。
現場のドライバーたちの抱える不安も大きい。全国民主タクシー労組連盟のイ・ジュンギ委員長は「他の仕事を見つけるのも難しいため、待遇が悪くてもタクシーを運転しているケースが多いが、雇用減少への対策もないうちから自動運転タクシーの導入を議論してはならない」と述べた。巨額の金を支払ってタクシー免許(ナンバープレート)を取得した個人タクシーのドライバーは、さらにいらだっている。億単位に達するナンバープレート代は、自身の全財産も同様だからだ。京畿地域で個人タクシーを運転しているKさん(57)は、「第1次ベビーブーム世代(1955~1964年生まれ)のドライバーの中には、タクシーを辞めたくても他の収入源がないため運転を続けている人が多い。政府がタクシー免許の買い取りを保証してくれればすぐにでも売却したいという人も多いはず」と語った。
タクシー会社は、最悪の事態を防ぐために先手を打って対応に乗り出している。法人タクシーの事業者団体「全国タクシー運送事業組合連合会」は昨年11月、国内の自動運転企業などと共生に向けた協議体を結成し、業務提携(MOU)を結んだ。2018年の「タダ」事態ではプラットフォーム企業と衝突したタクシー業界が、今度は自分たちの方から握手を求めたのだ。協議体には大韓交通学会、現代自動車、カカオモビリティ、オートノマスA2Z、サムスン火災などが参加している。
タクシー業界の要望の軸は「既存の免許システムを基盤とした」段階的導入だ。タクシー会社は車庫や整備ネットワークなどの車両管理インフラを提供し、自動運転企業は技術開発と管制システムを担いつつ、完全自動運転技術が商用化されるまで事業モデル転換の時間を確保するという構想だ。
■政府は1月にようやく社会的協議体…「軟着陸させる方策必要」
米国ではライドシェアサービスの登場以降、タクシー免許の価値が大幅に低下している中、サンフランシスコやフェニックスなどの一部の拠点都市を中心として自動運転タクシーが限定的に運行されている。2年前にサンフランシスコでグーグルの自動運転タクシー「ウェイモ」が有料輸送を開始した際には、収入減少を懸念したウーバーのドライバーらの反発もあったが、徐々に制度圏内で市場を拡大している。最近は、自動運転タクシーに人間のドライバーと同一の安全・運行基準が適用されていないことが問題視され、監督の強化を求める声も高まっている。
専門家は、自動運転タクシーをめぐる対立が韓国でさらに強まる可能性があると指摘する。韓国銀行通貨政策局で政策制度チーム長を務めるノ・ジニョンさんは、「自動運転車が登場する前からすでにライドシェアサービスが広がっていた地域では、ドライバーの抵抗が相対的に弱い」と語った。米国ニューヨーク市では、2022年に免許不要のウーバーとリフトがサービスを開始し、それが普及したことで、従来のタクシー産業に与える衝撃が社会問題として浮上し、ドライバーの救済策が講じられた。
政府の対応は現場の切迫感に追いついていない。国土交通部は今年1月にようやく、タクシー団体や自動運転企業などと「自動運転タクシーに関する社会的協議体」を立ち上げた。年末までに利害関係者の意見を集約し、共生策を策定する計画だが、まだ意見集約の段階にとどまっている。具体的なロードマップや制度の整備に向けた調査研究も、委託する事業者の選定段階にある。
ドライバーの転職や既存の免許の補償問題は民間での協議だけでは解決が難しいことから、政府の積極的な対応の必要性が指摘されている。法人タクシー労組は政府と共に財団を設立し、自動運転タクシーを1回呼ぶごとに一定の手数料を課すとともに、それによって得られた基金で既存のドライバーの退路を支援するという方策を要求する方針だ。
大林大学未来自動車工学部のキム・ピルス教授は「導入初期には、自動運転技術が高齢のタクシードライバーの安全運転を支援するという、相互補完的なかたちで機能しうるだろう」として、「長期的には、雇用減少に備えて政府が無料の転職教育を提供するとともに、被害を受ける業種の軟着陸方策を整備すべきだ」と述べた。韓国労働研究院のチョ・ソンジェ先任研究委員は「韓国はすでに先進国のモデルを追いかける段階は過ぎており、今はフロンティアに立っている」として、「海外の事例を追うよりも、韓国の実情に合った制度をひとつずつ作り上げていくべきだ」と強調した。