韓国国防部は、死刑が執行された実尾島(シルミド)の工作員の遺体発掘を2年ぶりに再開した。遺族の切実な要請を受け、来月から発掘作業に着手する予定で、今回が5回目の試みとなる。
12日のハンギョレの取材によると、国防部は10日午後、ソウル市九老区梧柳洞(クログ・オリュドン)の空軍情報部隊跡近くのカフェで、死刑が執行された工作員の遺体発掘についての説明会を行い、発掘候補地の一つである梧柳洞の開雄山(ケウンサン)一帯を視察した。説明会には、遺体発掘の実務を担当することになった韓国先史文化研究院と国防部軍人権改善推進団・空軍本部の関係者、イム・チュンビンさん、イム・イルビンさん、イ・ヒャンスンさんら死刑が執行された工作員の遺族、工作員パク・ウォンシクさんの弟のパク・ナムシクさん、『実尾島へ旅立った7人の沃川(オクチョン)青年』の著者で韓方医師のコ・ウン・グァンスンさん、延世大学のキム・ヨンヒ教授らが出席した。
ソウル梧柳洞にあった空軍第2325部隊の射撃場で1972年3月10日に銃殺刑が執行された後、どこかに埋められ、今も遺体が見つかっていない4人の実尾島工作員は、イム・ソンビン、イ・ソチョン、キム・チャング、キム・ビョンヨムの4人。金日成(キム・イルソン)暗殺を目的として召集され、仁川舞衣洞(インチョン・ムイドン)で訓練を受けた彼らは、1971年8月23日、不当な待遇の改善を求めて他の工作員と共に島を脱出し大統領府へ進撃中、ソウル大方洞(テバンドン)にある製薬会社の柳韓洋行前で自爆を試みたものの、生き残った。その後、一審で死刑判決を受け、控訴の機会すら与えられず、7カ月後に刑場の露となった。
国防部は、4人の遺体の発掘のために韓国先史文化研究院と2億ウォンで委託契約を結び、12月までに埋葬候補地とされる京畿道高陽市徳陽区大慈洞(コヤンシ・トギャング・テジャドン)のソウル市立昇華園の碧蹄墓地公園5-2区域、ソウル市梧柳洞の空軍情報部隊跡(行政区域上は天旺洞280-7)、仁川家族公園内の八角亭一帯(仁川市富平区富平2洞山182番地)の3カ所で遺体発掘を試みる計画だ。以前は2006年に梧柳洞山26-2、23-8の空軍情報部隊跡での発掘で成果なく終わっており、2007年と2008年には碧蹄5-2区域内の5カ所を発掘したが、出て来たのは幼児または乳児と推定される遺体のみだった。2024年10月には碧蹄5-2区域で再び発掘が行われたが、遺体は見つからなかった。ただし2005年11月には碧蹄第1-2区域で、自爆または交戦中に死亡した実尾島工作員の20体の遺体が発掘されている。
この日、各候補地の特徴と発掘の可能性を説明した韓国先史文化研究院のイ・スンウォン副所長は、「3カ所の発掘候補地の中で、現在のところ土地所有者と発掘協議が進んでいるのは碧蹄地域のみ」だとして、「今回は2024年の発掘地域の南に隣接する100坪(330平方メートル)あまりの地面を広く掘ってみる予定」だと語った。イ副院長は「遺族の反対さえなければ、5月末に碧蹄地域の発掘に着手する」と語った。
国防部の実尾島事件真相調査タスクフォース(TF)、国防部過去事真相究明委員会、空軍本部検察部、国防部人権担当官室、真実・和解のための過去事整理委員会(真実和解委)のこれまでの調査を総合すると、現在最も有力な遺体埋葬地域は碧蹄5-2区域。死刑執行時に遺体を運んだ空軍本部司令室の中領(中佐)のC氏とY氏、少領(少佐)のS氏、空軍第2325部隊輸送班の中士のK氏は、2007年の空軍本部検察部との面談および電話で、「4人の工作員の遺体を碧蹄の火葬場に埋めた」、「トラックを碧蹄まで案内した」と当時の状況を具体的に証言している。碧蹄里墓地管理事務所の関係者も国防部人権担当官室に、埋葬を目撃したことを証言している。
対して梧柳洞は、埋葬の可能性が低いと評されている。この日、国防部が遺族と共に梧柳洞を視察したのは、20年前の2006年に発掘を実施しているため、遺族と共に地形を再確認するのが主な目的だった。当時の発掘は、国防部の過去事調査で「4人の工作員の遺体を近隣の山林まで運んだ」と証言した空軍本部司令室の輸送大隊の中士L氏の証言にもとづくものだった。しかしL氏はその後、碧蹄を埋葬場所だと述べるなど、証言が揺らいだ。L氏は真実和解委の調査で「トラックを運転し、漢江(ハンガン)を経由して1時間ほどである山林へ移動した」と述べているため、碧蹄に埋められたのは死刑執行された工作員ではなく自爆した工作員の遺体の可能性があると指摘されている。さらにL氏は「航空医療院に入院していた際に遺体を運んだ」と主張したが、真実和解委が確認した入院記録によると、L氏は死刑執行日にはすでに退院していた。
当時の空軍本部検察部長で工作員の絶命を確認したとされるキム・チュングォン氏(元大統領秘書室長)も、梧柳洞近隣が埋葬地だとしている。2005年の国防部の実尾島TFの業務報告資料には、「キム・チュングォン氏が『梧柳洞内で処理します』と憲兵将校に言われた」と記載されているという。同氏は2020年の中央日報のインタビューで「埋葬地は(梧柳洞ではなく)空軍本部があった大方洞」だと主張してもいる。キム・チュングォン氏のこのような証言がなぜ軍の調査機関や真実和解委の報告書に反映されなかったのかは、確認できていない。
残る候補地の仁川家族公園内の八角亭一帯は可能性が最も低いと評価されているが、この日の説明会では遺族らから重要視された。米国在住の情報提供者A氏は、「1972年3月11日、8歳だった自分は居住地に近い仁川家族公園で、実尾島事件で死刑となった4人の工作員の遺体が軍人らによって埋められる光景を目撃した。そのせいで現在に至るまで国家機関から脅されている」と、国防部人権担当官室と真実和解委に主張した。しかし、この情報提供者は内容を何度も覆しており、この情報提供者以外に同地を遺体埋葬地だとする資料や証言が確認できないため、真実和解委の報告書では信頼性は高くないとされている。
しかし、遺族を代理して遺体発掘推進団長を務める韓方医師のコ・ウン・グァンスンさんはこの日、「8歳の幼い子どもが見たものだからといって、決してやり過ごすべきことではない。仁川家族公園が最も正確に特定できる場所だ。国防部が速やかにA氏に往復航空券と滞在費を支給して呼び寄せ、(発掘)することが求められる」と主張した。さらに「この人物は、自分が話すと積弊勢力が遺体を隠す可能性があるため、非常に慎重になっている」と語った。しかし「A氏は妄想に陥っている」と考える人もいるため、仁川家族公園で実際に発掘が行われれば物議を醸す可能性もある。
この日、国防部軍人権改善推進団の関係者は「各候補地の遺骨発掘の可能性は残し、遺族が望んでいる地域については土地使用許可さえ得られれば発掘を進める」との立場を表明した。わらにもすがる思いの遺族を無視できないからだ。これによって、5月末から発掘が行われる碧蹄地域で遺体が発見できなかった場合は、年末までに残りの地域の発掘も順次行われることになる。
今回も遺体の発掘が難航する可能性もある。国防部人権担当官室は、2017年の現地調査で碧蹄墓地の遺体発掘が成果なく終わった原因として、既存の墳の翼の部分(墓の周囲の盛り土)には手をつけられないため、空き地などでしか発掘ができなかったこと▽1994年に無縁墓を一斉に掘り起こしたため、工作員の遺体も処理された可能性があること▽1998年8月の洪水で流失した可能性があること▽湿地であるため遺体が完全に残っていない可能性があること、などをあげている。それでも遺族は、かすかな希望の糸を手放せずにいる。