英国の作家ジョージ・オーウェルは『カタロニア賛歌』に次のようなことを書いた。
「戦争の最もおぞましい特徴の一つは、すべての戦争宣伝物、すべての罵りと嘘と憎しみが、常に戦わない人たちから出てくるということだ」。オーウェルは1930年代のスペイン内戦に参戦して体験した混乱や背信、怒りをこの作品に生々しく書いた。
最近になり緊張が高まる朝鮮半島の情勢や、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の言動をみていると、ジョージ・オーウェルの言葉が思い出される。
尹大統領と金委員長は軍に服務したことがない。「兵役義務未履行」である二人は、様々な点で似ている。
メッセージの論理構造が同じだ。相手が「核武器や武力の使用を企てるのであれば」と仮定した後、そのような場合には相手を終わらせると警告する。
尹大統領は10月1日の国軍の日の記念演説で、「北朝鮮が核兵器の使用を企てるなら、その日がまさに北朝鮮政権の終わりの日になるだろう」と述べた。すると金委員長は4日、北朝鮮軍特殊部隊を訪問し、「(韓米が)共和国(北朝鮮)の主権を侵害する武力使用を企図しようとするなら、容赦なく核兵器を含む手中の全ての攻撃力を使用するであろう」としたうえで、「そのような状況になればソウルと大韓民国の永続は不可能になるであろう」と述べた。
尹大統領が「力による平和」を強調すると、金委員長も先月9日の北朝鮮政権樹立記念日の演説で「強い力、これが真の平和」だと述べた。分断以降、韓国と北朝鮮は互いに憎しみあっているが、憎むほど似ている「敵対的共存」が尹錫悦大統領と金正恩委員長の間でも繰り返されている。
11日の「平壌(ピョンヤン)無人機(ドローン)浸透」後、南北の当局者は相手の終末を警告する激しい言葉の爆弾を交わしている。「このままでは戦争が起こるのではないか」という不安も高まっている。
これについて、シン・ウォンシク国家安保室長は13日、「北朝鮮が自殺を決心しない限り、戦争は起こせない」と断言したが、市民の不安は変わらない。
尹錫悦政権は「平壌ドローン浸透」をめぐり、国家の危機管理の出発点といえる「迅速かつ正確な情報提供」の基本原則を無視した。北朝鮮は大韓民国が平壌の上空に無人機を浸透させたと主張しているが、韓国合同参謀本部は「北朝鮮の主張について事実かどうかを確認できない」とする立場だ。迅速な報告や正確な情報公開で国民と意思疎通を図り、さらなる危機発生を抑制する努力は失われ、戦争への不安と軍への不信が強まった。
尹錫悦政権は安全保障の危機のたびごとに「一戦を辞さない構え」を強調するだけで、リスク管理には気を遣わない。特に大統領の発言は最も強力なリスク管理手段だ。尹錫悦大統領のメッセージは「北朝鮮政権の終末」を乱発し、危機の増幅に偏る。
最近の尹大統領と金委員長の言動をみていると、「国家指導者の傲慢と誤った判断が戦争を引き起こす」とする米国の国際政治学者ジョン・ストウシンガーの主張が思い出される。ストウシンガーは1975年に発刊した『なぜ国々は戦争をするのか』で、20世紀以降の8つの主な戦争を分析し、政策決定権者である国家指導者の性格と現実認識が戦争勃発を左右すると主張した。ストウシンガーは特に国家指導者の誤った判断を強調し、戦争は避けられないものではなく「人の問題」だと断言する。
指導者の誤った判断は4つの方式で行われ相互作用をすると、ストウシンガーは説明する。
1つ目は、自身の力に対する過信だ。戦争が勃発すると短期決戦による勝利を大言壮語する。第1次世界大戦初期の1914年8月初め、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は戦場に向かう兵士たちに「落ち葉が散る前に家に帰れる」と述べた。ドイツ皇帝の大言壮語とは違い、第1次世界戦争は4年以上続いた。約1000万人が死亡し、2000万人が負傷した。最近の南北の指導者が交わす「圧倒的対応で政権を終わらせる」という相互威嚇は、「落ち葉が散る前に」というドイツのヴィルヘルム2世の虚勢を連想させる。
2つ目は、相手に対する不信や蔑視で客観的な判断を難しくすることだ。最近の南北は、相互に軽蔑と憎悪を口にしている。シン・ウォンシク室長は「北朝鮮は、1日の韓国の国軍の日の記念式典以降、前例のない過敏反応をしている。その直前にイスラエルのバンカーバスター(地下に突き抜けさく烈する爆弾)によってヒズボラの指導者が殺害されたが、(国軍の日に公開された)超威力ミサイル『玄武5』は10倍以上の威力があるため、金正恩はぞっとしたことだろう」とて、金委員長を恐れに震える「弱虫」扱いした。北朝鮮は「政権の終末」に言及した尹大統領を「傀儡(かいらい)」と呼び、「正常でない者」とこき下ろした。平壌ドローン後の北朝鮮の官営メディアには「ならず者たちは種子も残さず一掃しなければならない」といった、韓国に向けた禍々しい発言も大量に登場した。
3つ目は、相手が先に攻撃するかもしれないという恐れだ。韓米合同軍事演習について韓米は「防衛的性格」だと主張するが、北朝鮮は「北への侵略の演習」だと敏感な反応を示す。
4つ目は、相手の能力を過小評価することだ。朝鮮労働党中央委員会のキム・ヨジョン副部長は3日の韓国の国軍の日行事について「虚しい茶番劇」だとこき下ろし、同式典で初登場した地対地ミサイル「玄武5」に対しては「巨大な荷車」とばかにした。
最近の南北指導者の言動は「チキンホーク」(Chickenhawk)を連想させる。チキンはおくびょう者、ホークは強硬派を意味する。米紙「ニューハンプシャー・ガゼット」はチキンホークを次の通り定義する。「男性の公職の人物として、最初は政治的問題を軍事的に解決しようとする指向を示すと同時に、その次には個人的には戦時の兵役義務をなんとしても避けようとする人物」。オーウェルの言葉を借りれば、チキンホークとは、自分は直接戦わずに憎しみを発散させる者たちだ。
ストウシンガーは戦争を敢行しようとする者に「正確な現実認識は戦争を回避させ、誤った認識は戦争を急がせる」という警告のメッセージを投げかける。一線を辞さないと叫ぶ南北のチキンホークが心に留めておくべき言葉だ。