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尹大統領は「反国家勢力」という言葉がなぜあれほど好きなのか

登録:2024-08-25 23:47 修正:2024-08-26 11:11
[ソン・ハニョン先任記者の政治舞台裏] 
国家保安法にもない単語を乱発 
支持率下落、総選挙惨敗で「防衛」心理
尹錫悦大統領が8月19日、ソウル龍山の大統領室庁舎で行われた乙支および第36回国務会議で発言している/聯合ニュース

 8月19日の乙支国務会議で尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領がおこなった「反国家勢力」発言の波紋が収まっていません。正確にはどのように述べたのでしょうか。原文はこうです。

 「虚偽情報やフェイクニュースの流布、サイバー攻撃のような北朝鮮のグレーゾーン挑発に対する対応態勢を強化しなければならない。韓国社会の内部では、自由民主主義体制を脅かす反国家勢力があちこちで暗躍している。北朝鮮は開戦初期から彼らを動員し、暴力と世論操作、そして宣伝、扇動で国民的混乱を深めるとともに、国論の分裂を図るだろう。このような混乱と分裂を防ぎ、全国民の抗戦の意志を高める方策を積極的に講じなければならない」

 近ごろは尹錫悦大統領に批判的な人たちが集まると、「私たち、反国家勢力とみなされるんじゃないか」と冗談を言います。大統領が自分に対して批判的な人々に「反国家勢力」というレッテルを貼ったことで、反国家勢力という言葉そのものが戯画化しているのです。尹錫悦大統領の言う反国家勢力とは、正確にはどのような意味なのでしょうか。

■日を追うごとに低劣になる「レッテル貼り」政治

 尹錫悦大統領はこれまでの人生を検事として生きてきた人です。検事たちは概して保守右派的傾向を持ちやすいものです。分断された韓国にあって検察は長い間、「体制防衛」、「政権防衛」が存在の目的でした。ウイスキーとビールを混ぜて爆弾酒を回し飲みしていた1980~90年代に、検事たちは杯を右に回しては「右翼補強」、左にまわしては「左翼撲滅」を叫んでいました。尹大統領もそのような文化の影響を受けたはずです。

 「反国家」という単語が最も多く使われている法律は国家保安法です。国家保安法の目的そのものが「国家の安全を危うくする『反国家活動』を規制」するというものです。国家保安法が規定する反国家団体とは、「政府をせん称したり国家を変乱したりすることを目的とする国内外の結社または集団で、指揮統率体制を備えた団体」です。反国家団体の構成、反国家団体の目的遂行、反国家団体の自発的支援や金品の授受、反国家団体への潜入や脱出、反国家団体の称賛や鼓舞、反国家団体の会合や通信はすべて処罰されます。果ては不告知も処罰されます。恐ろしい法律です。

 尹錫悦大統領は「反国家勢力」という言葉を、国家保安法の「反国家活動」や「反国家団体」と似たような意味で使っているようです。しかし、国家保安法に「反国家勢力」という単語は出てきません。尹大統領が自分を批判する人々にイデオロギー的レッテルを貼りはじめたのは、政界入りしてからでした。2021年6月29日の大統領選出馬宣言では、「この政権は権力の私有化にとどまらず、政権を延長し、国民を略奪し続けようとしている。韓国憲法の根幹である自由民主主義から自由を奪おうとしている」と述べています。

 2021年12月29日の慶尚北道党選挙対策委員会の発足式では、「左翼革命理念、そして北朝鮮の主体思想理論、こういったものを学んで民主化運動の隊列に加わり、まるで民主化闘士であるかのように、今に至るまで仲間同士で助け合いながら生きてきた集団が、文在寅(ムン・ジェイン)政権発足後、国家と国民を略奪している」と述べています。自分を検察総長に起用した文在寅大統領に対抗して保守野党候補として大統領選に出馬しようとしたため、無理にイデオロギー的レッテル貼りまで持ち出したのです。

 それでも大統領就任直後には国会での施政方針演説で、「我々は与野党が激しく競争しながらも、民生を前にしては超党派的な協力を通じて危機を克服してきた誇らしい歴史がある」と述べつつ「協力政治」を強調するなど、殊更に余裕を示していました。しかし大統領就任から2カ月足らずで、支持率が不支持率より低くなる「デッドクロス」が起こり、就任5カ月で支持率が20%台、不支持率が60%台を記録するなど、支持率が急落したことで、本性を現しました。

韓国ギャラップによる2022年6月から10月第2週にかけての世論調査。実線が支持率、点線が不支持率//ハンギョレ新聞社
尹錫悦大統領が2022年10月19日、ソウル龍山の国防コンベンションセンターで開かれた国民の力院外党協委員長招請昼食懇談会で発言している=大統領室提供//ハンギョレ新聞社

 2022年10月19日、与党「国民の力」の院外党協委員長との昼食会で、尹錫悦大統領は次のように語っています。大統領室が内容をまとめて配布したものの引用です。

 「国内外で経済が厳しく、安保状況も容易ではない。このような時こそ、最も重要なことは、我々自らが自由民主主義体制に対する確固たる信頼と確信を持つことだ。自由・民主主義に共感するなら進歩であれ左派であれ政治的に協力して妥協できるが、北朝鮮に従う主体思想派は進歩でも左派でもない。敵対的な反国家勢力とは協力が不可能だ」

 野党のことを反国家勢力だと非難したも同然です。政治協力の対象は本来、野党だからです。尹錫悦大統領が「反国家勢力」という言葉を使ったのはこの時が初めてだったようです。しかし注目を集めたのは、「反国家勢力」よりも刺激的な「主体思想派」という単語でした。翌日、出勤途上の略式会見で記者にこのことについて問われ、尹錫悦大統領は「主体思想派かどうかは本人がよく分かっていることだから。ある特定の人物を狙って言ったわけではない」と一歩引いています。

■野党と国民に対する宣戦布告のような

 その後、2023年6月13日の国務会議で尹錫悦大統領は、6月が「報勲の月」であることを喚起しつつ、「英雄たちの犠牲と献身を歪曲し、蔑視することがあってはならない。そのような行為は大韓民国の国家アイデンティティーを否定する『反国家行為』」だと述べています。どこにでも「反国家」のレッテルを貼りだしたのです。その後、「反国家」という単語が好みにぴったり合ったのか、発言の頻度が一気に増えました。6月28日の自由総連盟創立69周年記念式典に出席した際には、演説で次のように述べています。

 「歪曲された歴史意識、無責任な国家観を持つ反国家勢力は、核武装を高度化する北朝鮮共産集団に対する国連安保理制裁を解除してほしいと泣訴するとともに、国連軍司令部を解体する終戦宣言を歌って回った」

 文在寅大統領と民主党政権を反国家勢力だと非難したのです。そして8月15日の祝辞では、ついにこう述べています。

 「共産全体主義を盲従しつつ、操作扇動で世論を歪曲し、社会をかく乱する反国家勢力が依然として大手を振っている。自由民主主義と共産全体主義が対決する分断の現実にあって、このような反国家勢力の蠢動(しゅんどう)は簡単には消えないだろう」「共産全体主義勢力は常に民主主義運動家、人権運動家、進歩主義行動家に偽装し、虚偽扇動と野卑で倫理破壊的な工作を事としてきた」

 ここまで来ると野党と国民に対する宣戦布告も同然です。8月21日の乙支国務会議では、「北朝鮮は開戦当初から偽装平和攻勢やフェイクニュースの流布、反国家勢力を利用した宣伝扇動で激しい社会混乱や分裂を引き起こすだろう」と述べています。9月15日の仁川上陸作戦戦勝記念式典でも、「共産勢力とその追従勢力、反国家勢力は、虚偽でっち上げと宣伝扇動で我々の自由民主主義を脅かしている」と述べています。2024年3月26日の国務会議では、「天安艦撃沈を否定することは国家安保を破壊し、国民の安全を脅かすこと」だとし、「反国家勢力が国家安保を揺さぶり、国民の安全を脅かさないよう、我々みなが力を合わせなければならない」と述べています。

 4月10日の第22代総選挙の惨敗後、尹錫悦大統領のイデオロギー発言はしばし収まったように思われました。勢いが衰えたようにみえました。そうではありませんでした。8月15日の光復節の祝辞で再開されたのです。「扇動とねつ造で国民を分裂させ、その隙間で利益をむさぼる」「反自由勢力、反統一勢力」「黒い扇動勢力」に「国民は立ち向かって戦わなければならない」と述べたのです。そして4日後の乙支国務会議では「反国家勢力」がまたも登場したのです。

■心理的な傷の否定、回避

 尹錫悦大統領は反国家勢力という言葉がなぜこれほどまでに好きなのでしょうか。

 フロイトが作った「防衛機制」という概念があります。英語では「ディフェンスメカニズム」と言います。理性的な方法で自我が直面する葛藤を統制できない時、心理的な傷を防ぐために無意識に自分をあざむいたりそれを回避したりする思考、および行為を意味します。代表的な防衛機制に「投影(projection)」があります。自分が容認できない考え、態度、感情、欲求などを他人や対象のせいにするというものです。大統領も人です。何か問題が起こった時、その原因と責任が自分にあると認めるのは簡単なことではありません。

金泳三元大統領の回顧録//ハンギョレ新聞社

 1997年の通貨危機について、金泳三(キム・ヨンサム)元大統領は自分にあらかじめ警告しなかった官僚、学者、財界、メディアを回顧録で非難しています。労働法改正と起亜自動車の処理に協力しなかった「金大中(キム・デジュン)氏をはじめとする政治家たち」に責任を押し付けています。李明博(イ・ミョンバク)大統領もBSE事態(米国産牛肉輸入反対運動)の責任を、米国との交渉を終わらせずに退任した盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領、文化放送「PD手帳」、大統領選挙の結果を不服とする政治勢力、市民社会団体に押し付けました。「気に入らなければあまり買わなければよい」という自身の「妄言」がろうそく集会拡散の起爆剤となったにもかかわらず、回顧録でそのことには触れていません。

 尹錫悦大統領も同じです。尹大統領は2022年の大統領選挙の勝利後、国立顕忠院の芳名録に「偉大な国民と共に統合と繁栄の国を作ります」と記しました。うまくやりたかったはずです。しかし、人事と国政の失敗で就任当初から支持率が暴落しました。梨泰院(イテウォン)惨事が起こり、釜山(プサン)万博の誘致にも失敗しました。キム・ゴンヒ女史のブランドバッグ受け取り問題、C上等兵事件捜査介入問題、長ネギ騒動など、自らの失策のせいで総選挙で惨敗しました。にもかかわらず反省することなく、自分には何の過ちもないかのように反国家勢力という言葉を繰り返しています。

 今、尹錫悦大統領に最も必要なのは、「私のせいです、私のせいです、私の大失敗のせいです」という告白ではないでしょうか。分裂させたり他人のせいにしたりするのはもうやめて、野党との対話、国民統合に積極的に取り組むべきではないでしょうか。可能でしょうか。みなさんはどうお考えですか。

ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1155146.html韓国語原文入力:2024-08-25 07:30
訳D.K

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