すべからく大物政治家は、価値観の実現という大義名分と権力を握りたいという個人的欲望の調和の取れた人物です。韓国の歴代大統領は大方そのような人物でした。
立派な価値観と大義名分を持っていても、権力欲の弱い人はその価値観と大義名分を実現する機会がつかめません。歴代の大統領候補の中にもそのような人たちがいました。ところで、価値観と大義名分の弱い人が偶然権力を握ったらどうなるでしょうか。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、不義と戦って勝たなければならないという正義感と不屈の戦闘力を持つ検事でした。自らを検察総長に任命した文在寅(ムン・ジェイン)大統領にさえ信念を曲げませんでした。
政権奪還が切実だったいわゆる保守勢力が彼を大統領候補に起用し、大統領の座にまで押し上げました。朝鮮日報のコラムニスト、キム・デジュン氏が表現したとおり「偶然大統領」です。尹大統領自身もそれがよく分かっていました。
先日、「ザ・探査」が報じた録音記録によると、尹錫悦大統領は大統領選出馬宣言直後の2021年7月に、当時野党の「国民の力」の関係者にこう語ったといいます。
「私は政権交代のために出てきた人間であって、大統領をやるために出てきた人間ではない。私は大統領も、そのような座そのものも私にとっては面倒だ。率直な話が。だがとにかくこれはひっくり返さないといけないし、そして国民の力にはそれをする奴がいないんだよ」
簡単に言えば勝負根性があり、権力欲も非常に強いのですが、なぜ大統領をすべきなのか、大統領になったら何をすべきなのかはよく分からないという空白の状態でいきなり大統領選に出馬し、大統領の座に就いたのです。
そのような状態を保っていたなら、単に少し無能な大統領として歴史に残るにとどまっていたはずです。不幸にも尹大統領はその巨大な空白を「老いてのニューライト意識化」で埋めたようです。その結果、自分自身だけでなく大韓民国という共同体を分裂と危機の沼へと陥れています。
「朴槿恵弾劾」後、やめておくべきだった
このようなことはどのようにして起こったのでしょうか。大統領にとって必要な経験と価値観と大義名分を持っていない「尹錫悦検事」は、一体どのようにして大統領の座に就くことができたのでしょうか。歴史を振り返ってみる必要があります。
いわゆる保守は李承晩(イ・スンマン)、朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドゥファン)独裁の末えいです。独裁は民主主義を圧殺しようとしましたが、毎回市民革命で崩壊しました。それでも保守が命脈を保てたのは、1990年の3党合同のおかげでした。「盧泰愚(ノ・テウ)の民政系」はクーデター勢力で、「金泳三(キム・ヨンサム)の民主系」は民主化勢力でした。クーデター勢力と民主化勢力の異種交配により、民自党は政権を改めて獲得することに成功しました。
金泳三大統領は任期の初期に、強力な改革で保守の基盤を広げました。1996年にはイ・ジェオ、ホン・ジュンピョ、キム・ムソン、イ・フェチャン、ファン・ウヨら新しい人材を新韓国党に大挙引き入れました。第14代の全国区議員だった李明博(イ・ミョンバク)議員もソウル鍾路(チョンノ)から出馬して当選しています。
保守は1997年の通貨危機で政権を失いました。今度はイ・フェチャン総裁がハンナラ党にユ・スンミン、オ・セフン、ウォン・ヒリョンらの新しい人材を引き入れました。1998年4月の再・補欠選挙で当選した朴槿恵(パク・クネ)議員もいました。
「民主系」と「イ・フェチャン系」は保守のそれまでの人脈とは全く異なる政治家たちでした。民主的で、改革的で、何よりも実力がありました。「合理的保守」、「改革保守」、「実用保守」でした。
10年の臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の間に民主系とイ・フェチャン系は李明博支持派と親朴槿恵支持派へと再編されました。彼らは保守内部の刷新を主導しました。李明博と朴槿恵は2両の機関車でした。この時の刷新により、李明博、朴槿恵両大統領の連続政権が可能となりました。
ハンナラ党が李明博政権を作る過程は、従来の保守政治家と成功した企業家の遺伝子を混ぜ合わせる異種交配の実験でもありました。朴槿恵大統領の実現過程もまた、それに朴正煕大統領の近代化遺伝子を追加する実験でした。
保守の異種交配がそれなりに成功しえたのは、李明博、朴槿恵の両名がそれでもかなりの期間にわたって政治経験を積んできた政治家だったからです。李明博大統領は当選2回の国会議員とソウル市長を、朴槿恵大統領は当選5回の国会議員と代表、非常対策委員長を務めています。
異種交配実験では、設計者の意図とは異なり、時として劣った遺伝子が発現することがあります。独裁の遺伝子を持っていた朴槿恵大統領が、結局は国政壟断事態で没落したのがそのようなケースです。
保守はそこで異種交配実験を中止すべきでした。政党と国会で正常に成長した政治家を大統領候補に立て、正々堂々と勝負すべきでした。
尹大統領、極右への疾走…憎悪と怒りが日常
2017年の大統領選挙を前に、保守の一部はパン・ギムン前国連事務総長を引き込もうとしました。失敗しました。2022年の大統領選挙を前に、文在寅政権の検察総長を保守の大統領候補に選出するという、破天荒な異種交配を試みました。「尹錫悦検事」が持つ正義と公正の遺伝子は保守の価値観と一致するという大義名分を掲げましたが、本当は文在寅政権に対する復讐に目がくらんだ、というのがその理由でしょう。
実験は成功したようにみえました。尹錫悦大統領が就任演説で自由を35回叫んだ時、保守は歓喜しました。しかし時間がたつにつれて、尹錫悦大統領の問題が次々と明らかになりはじめました。
就任から1年4カ月がたっても野党の代表と会っていません。野党に「共産全体主義」、「反国家勢力」というレッテルを貼っています。剛直に任務を遂行した海兵隊の捜査団長を解任し、抗命罪で立件しました。韓日関係の改善を大義名分として韓米日準同盟体系を構築し、そのせいで韓中関係、韓ロ関係が悪化しています。
陸軍士官学校から独立運動家の洪範図(ホン・ボムド)将軍の胸像を移転させると大騒ぎしています。最高裁で刑が確定し区長職を失った江西区(カンソグ)のキム・テウ前区長を特別赦免し、改めて出馬させました。大統領選挙の際に自分に不利な報道をした報道機関の記者たちを刑事処分すると言っています。一言で言えば非常識の連続です。
尹錫悦大統領は金泳三大統領、イ・フェチャン総裁、李明博大統領、朴槿恵大統領が少しずつ固め、広げてきた保守の基盤を破壊しています。保守の刷新と政権獲得の原動力だった「合理的保守」、「改革保守」、「実用保守」とは距離がますます広がっています。最近の世論調査の大統領職務評価と政党支持率がその証拠です。
こうした傾向が続けば、2024年4月10日の第22代総選挙は国民の力が敗北するでしょう。2026年6月3日の地方選挙、2027年3月3日の大統領選挙も敗北するでしょう。
選挙の勝敗よりもはるかに重要なのは大韓民国の未来です。尹錫悦大統領の極右への疾走で、民主党も刷新を拒否し退行する言い訳が多くなっています。敵対的共存です。憎悪と怒りが日常を支配し、政治の両極化が激しくなっています。大韓民国全体が病んでいるのです。
こうした人物を大統領に据えたのは、結局は保守勢力の大きな失策だったと思います。あちこちからため息があふれています。「それでもイ・ジェミョンが大統領になるよりはましだ」というのが最後の防衛論理です。その程度の粗末な盾でいつまで耐えられるでしょうか。
「正義の戦争でも疲弊すれば背を向ける」
朝鮮日報のカン・チョンソク顧問は9日付の同紙に「『尹錫悦保有政党』と『イ・ジェミョン保有政党』」と題するコラムを書いています。内容のほとんどは民主党とイ・ジェミョン代表に対する批判でしたが、最後の部分では与党をこう批判しています。
「いま与党が歩んでいる道は、本当に多数になることを意図した道なのか。李承晩大統領と朴正煕大統領は、一度も政治路線で純血主義を唱えたことはない。両大統領は、自然と同様に政治においても雑種の方が純血種より生命力が強いことを知っており、その基礎の上に国を建設し、富強にした。歴史は、ドイツと日本が純血へと傾いた瞬間に国も傾いた、という事実を記録に残した。正義の戦争も終わりが見えなければ国民を疲弊させる。疲弊した国民は背を向けるものだ」
中央日報のチェ・フン主筆は今月18日付の同紙に「『両刃の剣』大統領の理念戦争」というコラムを書いています。最後の部分で大統領の側近が語った尹大統領の「発言」を紹介しています。
「理念発言はすべて豊かに食べて豊かに暮らそうという趣旨から出たものだ。自由民主主義市場経済体制がはっきりとしなければ豊かに暮らせないからだ。結局のところ、民生と持続可能な発展を前提として、国家アイデンティティーを対内外的に一度明確にしたうえで進もうというのが意図だった」
チェ・フン主筆は幸いだと評価しましたが、私はあきれてしまいました。国全体を理念戦争の穴へと追いやっておいて、そうではないと苦しい言い訳をしているからです。
さて、保守新聞の論客たちが批判しだしたのですから、尹大統領は驚くでしょうか。右へ右へと走っていっていた足をしばらく止めるでしょうか。そうは思えません。
尹大統領は人の言うことを聞かずに自分のこだわり通りに行動して大統領の座に就いた人物です。自分の考えが正しいと信じて雄牛のように力で押し切る、というのが彼の成功の方程式です。この世に自分が成功したやり方を放棄する人はいません。尹大統領も同じでしょう。
問題は、尹大統領の考えとやり方のせいで大韓民国という共同体がますます分裂し、破局に陥っているということです。どうすべきでしょうか。誰が尹大統領の暴走を止めることができのるでしょうか。みなさんはどうお考えですか。