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「北朝鮮の寧辺を爆撃していたら北朝鮮の核はなかった」?…野党大統領選候補の主張

登録:2021-09-28 02:36 修正:2021-09-28 08:48
首都圏の民間人死傷者100万人などの戦争被害には言及せず
国民の力の大統領選予備選挙の各候補が26日、ソウル麻浦区上岩洞のチャンネルAのスタジオで開かれた国民の力第20代大統領選候補の第3回放送討論会を前に、記念撮影を行っている=国会写真記者団//ハンギョレ新聞社

 韓国野党「国民の力」の大統領選候補の1人、ホン・ジュンピョ議員が討論会で、「1994年の第1次北朝鮮核危機の当時、金泳三(キム・ヨンサム)元大統領が、米国のクリントン政権による北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)核施設への爆撃を止めていなかったら、北朝鮮は核を作れなかったはず」と主張した。ホン議員は26日、国民の力の大統領選予備選候補による3回目の放送討論会で、ユン・ソクヨル前検察総長の「安保無知」を非難した際に、「94年にクリントンが寧辺に北爆しようとした時、YS(金泳三)が止めた」、「止めていなかったら、どうなっていただろうか。北朝鮮の核は発展していただろうか。北朝鮮は核を作れなかっただろう。それだけ大統領の座は瞬間的な決心が国の未来を左右する」と述べた。

 ホン・ジュンピョ議員は27日にもフェイスブックにあげた文章で「94.クリントン政権が寧辺核施設を爆撃しようとした際、YSはこれを極力阻止し、KEDOで突破しようとしましたが、それは誤った判断でした。もしあの時、寧辺核施設への北爆があったなら、北朝鮮は核開発が困難だったでしょう」と述べた。

 ホン議員の主張は、事実関係が正確ではない。第1次北朝鮮核危機が頂点に向かっていた1994年5月に、クリントン政権が北朝鮮の寧辺核施設への爆撃などを準備していたことは事実だ。後に公開された資料によると、当時米国は爆撃機とミサイルを動員して寧辺の核施設を破壊し、北朝鮮が反撃してきた場合は、朝鮮半島で全面戦争を敢行する計画だった。

 しかし、米国の北朝鮮爆撃を阻止したのは金泳三大統領だったのかどうかは不確実だ。クリントン大統領との電話会談で強く抗議し、朝鮮半島での戦争を阻止したというのが金泳三大統領の主張だ。金泳三大統領側は、米国からは何の通報も受けていないと主張する。当時、大統領府の秘書室長だったパク・クァニョン元国会議長は後日、マスコミとのインタビューなどで「あの時、米国が紛争当事国である韓国に最小限の通知や説明もなしに、戦争へと飛び火しうる軍事作戦を繰り広げようとしていたという話は、本当に衝撃的だった」とし「驚愕する以上に『我々の運命はこんな風に決まっていたんだな』という虚脱感を感じた」と明かしている。

 しかし、ロバート・ガルーチらクリントン政権の中心的な当局者は、この主張を否定する。当時、クリントン大統領と金泳三大統領が電話会談を行ったという事実もなかったというのだ。

 クリントン大統領は2004年に出版した自叙伝で「1994年3月に、戦争も辞さず北朝鮮の核兵器開発を中止させなければならないと決心したが、戦争が起きた場合に双方が被る甚大な被害の規模に関して、はっと我に帰るような報告書を5月初旬に受け取った」と述べている。1994年に米国が実行直前まで行った北朝鮮爆撃を中止した大きな理由は、甚大な被害規模だったというのだ。

 当時、米国の統合参謀本部がクリントン大統領に報告した予想は、朝鮮半島での全面戦争で米軍に3万人、韓国軍に45万人、首都圏の民間人に100万人の死傷者が出るというものだ。戦争の費用は600億ドルで、韓国経済の被害規模は1兆ドルにのぼると予想された。

 ホン議員は「もしあの時、寧辺核施設への北爆があったなら、北朝鮮は核開発が困難だっただろう」と主張するが、朝鮮半島での全面戦争に伴う甚大な被害については言及していない。

クォン・ヒョクチョル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/1012908.html韓国語原文入力:2021-09-27 18:00
訳D.K

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