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[寄稿]北朝鮮核問題をめぐる誤った前提、それに基づく危険な発想

登録:2021-05-17 08:38 修正:2021-05-21 07:12
ムン・ジョンイン|世宗研究所理事長 

果たして時代錯誤的な「7日戦争作戦計画」に現実性があるだろうか。ランド・峨山報告書は、朝鮮半島におけるB61-12戦術核の配備は北朝鮮の核使用を抑制するのではなく、むしろ先制的使用を誘引するという専門家の警告からも耳を背けている。同報告書は韓国における戦術核の再配備を正当化するために北朝鮮の核武装動機を歪曲し、核能力を過大評価しているのではという疑念を抱かせる。

 米国のジョー・バイデン政権は4月30日、就任100日に際し、見直しを完了した北朝鮮政策の基本枠組みを発表した。トランプ政権の大妥協でも、オバマ政権の「戦略的忍耐」でもなく、調整された実用的かつ段階的アプローチがその骨子だ。同盟と抑止、制裁と圧迫、外交的交渉という3つの選択肢のうち、外交を優先する内容といえる。韓国政府としては歓迎すべきことだが、反論も根強い。

 米国のランド研究所と韓国の峨山政策研究院が最近共同で発表した報告書「北朝鮮の核の脅威にどう対応すべきか」が代表的な事例だ。同報告書は、外交による北朝鮮の非核化は現実的に難しいとし、その理由を北朝鮮の核保有の動機に求める。北朝鮮の核は、政権の安全を確保し、北朝鮮政権の統制の元で統一を追求するとともに、米国の影響力に挑戦し中国に対する過度な依存から脱して(北東アジア)地域で強国への成長を目指すなど、現状変更を目標にしており、外交的解決策は無意味だと同報告書は指摘している。さらに現在、北朝鮮の核兵器を67~116基と推定し、2027年頃には151-242個の核兵器、数十発の大陸間弾道ミサイル(ICBM)と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も確保すると見込んでいる。

 同報告書が把握している北朝鮮の核戦略は、いわゆる「7日戦争」作戦計画によるものだ。まず、韓国に先制的な戦術核打撃を加えて全面戦争に持ち込むと共に、後方地域の特殊戦兵力を投入し、韓国全土を7日以内に占領するというものだ。したがって韓米連合側の通常戦力だけではこれを抑制することが難しく、韓米両国も核戦争に備えた核企画グループを稼動し、8~10基のB61-12戦術核(バンカーバスター)と4台の核投下用戦闘機を韓国に配備置すべきだと提案している。「核には核を」という論理だ。

 残念ながら、同報告書の所々には問題点が隠れている。報告書は、北朝鮮の核保有の動機を分析する際、金正日(キム・ジョンイル)総書記の44の遺訓を引用しているが、同遺書は2013年の公開当時から偽作と見なされ、これを取り上げた一部メディアさえ関連記事を撤回した。にもかかわらず、同報告書はそれとは方向性の異なる北朝鮮指導者の発言や韓国政府の分析にはまったく注目していない。2018年9月に金正恩(キム・ジョンウン)委員長の「われわれは核兵器と核の脅威のない平和の地を作っていくと確約した」という発言や、板門店やシンガポール、平壌宣言の非核化合意については全く触れていない。北朝鮮は「条件さえ合えば非核化に応じる」という立場を貫いてきた。外交の余地があることを示す内容だ。

 北朝鮮が朝鮮半島の現状変更のために核保有を進めているという報告書の主張も受け入れがたい。北朝鮮は、米本土に対する最小限抑止(ICBM、SLBMによる)と戦術核による拒否的抑止(戦術核を通じた米増援軍の拒否)の力を同時に追求している。したがって、これを現状変更のための強圧戦略とは考えにくい。その上、北朝鮮は韓米の通常戦力に対する劣勢を克服し、軍の制度的利益を満足させると同時に、核大国という国際政治的イメージを固め、金正恩の対内正統性を高めることも目指しているものとみられる。対米交渉用カードとしての利用を念頭に置いた可能性もある。宣伝扇動用の発言を核武装の本当の動機とみなすのは望ましくない。

 報告書が示した北朝鮮の現在と未来の核能力に関する分析にも問題がある。寧辺(ヨンビョン)の核施設を4回訪問して高濃縮ウラン施設を最初に視察したシグフリード・ヘッカー博士は最近、あるインタビューで、ランド・峨山報告書の推定値が過度に誇張されたと指摘した。北朝鮮の現在の核兵器保有量は45基程度が最も現実的で、2027年には70基程度になるという見通しだ。ランド・峨山側の過度な北朝鮮核能力評価は北朝鮮の誤った判断と軍事冒険主義を煽り、北朝鮮との交渉を難しくする恐れがある。

 果たして時代錯誤的な「7日戦争作戦計画」に現実性があるだろうか。北朝鮮が核先制打撃を加え、全面戦と特殊戦部隊の後方投入を通じて韓国を占領する間、韓米連合戦力が手をこまねいてただ見ていることはないだろう。朝鮮半島におけるB61-12戦術核の配備は、北朝鮮の核使用を抑止するのではなく、むしろ先制的な使用を誘引するという専門家の警告からも耳を背けている。特に、現在の韓米同盟や米国の圧倒的な核戦力に基づく拡大抑止戦略の信頼性に対する問題提起が、朝鮮半島の戦略的安定を大きく損ねる恐れがあるという点も見逃している。

 ランド・峨山報告書は、北朝鮮の核脅威に対する警戒心を呼び起こすという面では意味があるかもしれない。しかし、韓国における戦術核の再配備を正当化するために、北朝鮮の核武装の動機を歪曲し、核能力を過大評価しているのではという疑念を抱かせる。誤った前提に基づいた危険な発想は、韓国の安保を守るよりも危険にさらす恐れがあるという点を念頭に置かなければならない。

//ハンギョレ新聞社

ムン・ジョンイン|世宗研究所理事長(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/995443.html韓国語原文入力:2021-05-1704:59
訳H.J

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