今月14日に訪れたソウル中浪区(チュンラング)のソウル医療院本館7階の新型コロナ総合状況室には、大型モニターが並んでいた。12の病室画面に分割されたモニターには、患者の動きが感知される度にあちこちで赤い線が点滅した。横になって携帯電話を見ていた若い男性が、反対側に寝返りを打っただけでも、赤い線が現れた。防護服姿の看護師らが、病室の中のゴミ箱を空にする画面にも赤い線がついていた。この日ソウル医療院に入院中の新型コロナ患者は211人だった。医療陣は24時間、患者らの状態をチェックするモニターから目が離せない。患者が倒れたり呼吸困難を起こしたら、急いで防護服を着て隔離病棟(8~13階)に向かうエレベーターに乗らなければならないからだ。
慌ただしく点滅する赤い線の間、なかなか動きのない病室もいくつも目についた。その1室には酸素供給のホースを鼻につけた高齢の患者が力なく天井を見つめていた。小さくてやせた体が胸まで覆った布団の下に隠れていた。「療養病院からいらっしゃった方です。この方以外にも、あのお二人もそうです。最近、療養病院での集団感染が多かったので」。新型コロナ病棟パート長のチェ・スンヨン看護師が指で指した病室には、すべて赤い線がついていなかった。まるで静止画のようだった。モニターの画面に、症状が悪化して死亡した患者の遺体が木棺に移される姿も映し出された。
ソウル医療院に初めて入院した新型コロナ患者は、昨年1月30日、5番目と7番目に感染が確認された患者だった。2人を皮切りに、この日までの約1年間、2416人の感染者がここで治療を受けた。病床数が600以上の公共病院である上に、重症者を治療できる医療機関であるため、入院患者数が多いだけでなく医療陣のケアが特に必要な患者が多かった。昨年2月末、集団感染が発生した慶尚北道清道(チョンド)のデナム病院で、精神科の治療が必要な患者らを全員収容できる適当な場所がなかった時も、患者8人が同院に入院した。
■突然やってきた第1波
今では多くのことが定着したが、初期の頃は混乱状態だった。昨年2月20日に感染病専門病院に指定されてから、病院はわずか2日間で新型コロナ患者を受け入れるための設計図を作り上げた。感染のリスクを最小化するよう動線を設計するのが最も重要だった。流行初期には空気感染の可能性も排除できず、各病室の室内の空気を100%外に出す大々的な工事が行われた。病室ごとに患者たちを観察するためのカメラが設置されたのもこの時からだ。キム・ミョンユン施設チーム次長は「当時、陰圧機は言い値で購入しなければならなかった」と言い、「政府からの指針もなく、すべてを病院の判断で行わなければならなかった」と振り返った。
入院患者が増え、看護師になってから6年目のアン・ソヒョンさんはこの1年間、新型コロナ病棟で働いた。彼女は「動くのもやっとという重くて厚い防護服を着て、おむつ交換などをするとは夢にも思わなかった」とし「清道デナム病院の患者たちは意思疎通も容易にできなかった」と伝えた。それに比べたら、若くて軽症の患者の面倒を見るのは単純業務に思えるほどだったという。初期のころ、アンさんは「3カ月程度で収まるだろう」と漠然と考えていた。しかし、1年が過ぎ、さらなる1年に備えなければならなくなった。
昨年の春、病院外の世界は第1波が収まりつつあるように見えたが、病院内の事情は違った。新しい感染病の特性を十分把握できなかった初期は、隔離解除(退院)要件が今よりも厳しかった。このため、病院では患者が減るどころかむしろ増えて行った。チェ・ジェピル感染内科課長は「5月初め、ソウル梨泰院(イテウォン)のクラブで集団感染が発生し、入院患者が一時250人まで増えたこともあり、それによって病床が足りなくなった」とし、「PCR検査をしなくても医師の臨床的判断で退院できるよう隔離解除要件が緩和された6月25日が医療現場では大きな転機となった」と説明した。
新型コロナが流行した初期にはマスクの品薄にも悩まされた。医療機関も例外ではなかった。キム・ジイン購買物流チーム長は、病院の地下1階の倉庫に積まれていたマスクの入った段ボールを触りながら、「当時はこんなにありませんでした。病棟工事をし、医療スタッフも準備を整えたのに、マスクがなくて診療できないかもしれないと思うと、気が滅入った」とし、「病院同士が協力するよりは確保した量と調達先を互いに隠し、競争が過熱した」と、当時を振り返った。
■第2波、第3波になるほど重くなる負担
第2波に見舞われた8月、医療スタッフらは新型コロナだけでなく、暑さとも戦わなければならなかった。防護服の中では汗がだらだらと流れ落ちた。アン看護師は「防護服を一度着たら3時間程度は脱げないので、水を飲みたくても、トイレに行きたくなるのが心配で我慢していた」とし、「冷たいものがあれば何でもいいからしがみつきたかった」と話した。
防疫規則を破り、集団感染が発生したサラン第一教会関連の感染者らは、防疫当局のみならず、医療チームにも非協力的な態度を示した。血圧を測って知らせてほしいといっても、電話を切ってしまったり、病院では受け取れないはずの宅配まで受け取ると言い張る人もいた。一部の患者はホテルに「ルームサービス」を注文するかのように、食べたい料理を持ってくるようにせがむ場合もあった。
1日当たりの新規感染者が最大1000人以上発生した第3波は、患者の規模や感染拡大のスピードにおいて、以前とは比べものにならないほどだった。12月に入ってから、7階の総合状況室のモニターに空いた病床は一つもなかった。首都圏の感染病専担病院がいずれも病床不足に悩まされていた。結局、病院敷地の空き地に臨時のコンテナ病床まで設置された。それに療養病院や療養所での集団感染が続出し、医療スタッフらの負担は一層重くなった。同一集団(コホート)隔離で被害が大きかったソウル九老(クロ)ミソドゥル療養病院の患者の一部もここに入院している。自ら身動きが取れない患者が増えたことで、看護師が食事補助から排せつ物の処理、周期的な姿勢変更、床ずれ治療まで行わなければならず、業務が急増した。アン看護師は「先が見えなくて息が詰まりそうだった」と語った。
医療スタッフや職員らは互いを励ますため、病院内のいたるところに応援メッセージを張った。隔離病棟に上がるエレベーター脇の廊下に取り付けられた大型鏡には「あなたは今英雄を見ています」と書かれていた。
■今年も対応に追われる医療スタッフたち
今年に入って第3波に歯止めがかかっているが、依然として医療現場は厳しい。14日基準で入院患者211人の平均年齢が73歳に上るほど、介護を必要とする高齢者が大半を占めている。チェ・ジェピル課長は「新型コロナの治療はある程度終わって、必要なのは看病だけなのに、受け入れてくれる所がなくて退院できずにいる人が多い」とし、「4週間以上入院中の患者が24人で、2週以上の人も70人もいる」と話した。介護施設がなくて退院できない療養病院の患者たちに対する対策作りが急がれるという話だ。彼はさらに「新型コロナに感染した患者を受け入れることに対する療養病院の恐怖は理十分解できるが、新型コロナ専門病院にこんなに長期入院患者が増えれば、第4波、第5波を備えることができない」と憂慮を示した。
1年間新型コロナ患者の治療に追われ、今後も対応に当たり続けなければならない医療スタッフは「公共病院は大変でも耐えるしかない」という政府の態度にやる気を失うことが多いと伝えた。アンさんは、これまでの新型コロナ専門病院の看護師の給与よりも、最近の人材不足を解消するために中央事故収拾本部が急いで募集して派遣した看護師の手当が2~3倍であるという状況が解決されなければ、「離脱する医療スタッフが増え、現場が崩壊する恐れがある」と指摘した。さらに「数日前に生活治療センターに派遣された看護師たちは、私たちのように大変な患者たちを治療せず、私としては想像もできないひと月800万ウォン(約75万円)を受け取っているという話を聞き、政府に裏切られた気がした」と語った。
また医療スタッフらは、民間と公共病院を区別せず新型コロナ患者を積極的に受け入れなければ、さらなる流行に対応できないと口をそろえた。チェ・ジェピル課長は「災害を乗り越えるためには社会的連帯が最も重要だ」と述べた。インタビュー中にもチェ課長の机の上の電話は10~15分おきに鳴り続けた。行き先の決まらない患者の受け入れを要請するケースが少なくなかった。ある要請にチェ課長がこう答えた。「あ、はい。こちらが受け入れます。私たちの転院協力室まで、すぐに所見書を送ってください。」