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[インタビュー]「米国の首都に少女像建てるため、ワシントン市局長に4回面会」

登録:2019-11-26 09:41 修正:2019-11-26 13:34
ワシントン希望ナビのチョ・ヒョンスク代表
チョ・ヒョンスク代表が「エノンデイル少女像」の隣に座って写真を撮っている=チョ・ヒョンスク代表提供//ハンギョレ新聞社

 「ワシントン希望ナビ」という団体がある。米国の首都ワシントン近くに住む在米韓国人20人余りがメンバーだ。2015年末に出た「韓日慰安婦合意」に反対して駐ワシントン日本大使館前でデモをした同胞たちが主軸になり、2016年1月に結成された。

 「合意が出た翌日、同胞の地元メディアにかつてワシントン挺身隊問題対策委員会(以下、対策委)で活動していた方の賛成意見が大きく報道されていました。その時、対策委とは違う団体が必要だと思いました」。ワシントン希望ナビ代表のチョ・ヒョンスク氏はそう語った。

 創立初年度は、バージニア州ジョージ・メイソン大学で慰安婦被害の歴史を伝える展示会を開いた。先月は3年の努力の末に、ワシントン近郊のエノンデイルに米国内で5番目の少女像を建てた。19日、フェアファックスの自宅にいるチョ代表に電話でインタビューした。

 「エノンデイル少女像」が米国に来たのが2016年11月なので、場所が落ち着くまで2年11カ月かかったことになる。「正義記憶連帯のユン・ミヒャン理事長が2016年3月にまず設置を提案しました。象徴性が大きいワシントンDCに少女像を立てたらどうかと。バージニア州だけを見ても、すでにフェアファックス郡庁舎内に慰安婦被害者を追悼するナビ(蝶)ベンチの造形物があるんです」。その後、ワシントン市庁舎ばかり4回訪れた。「市のアジア太平洋局長に会って、DC内の公園やチャイナタウンの方に少女像を建てる場所があれば提供してほしいと要請しました。どうしても米国の首都に少女像を建てたかったのです。ところが、局長は特にできるともだめだとも言わないんです。その間に局長も変わりました」

 2017年にはバージニア州ソールズベリー大学の校庭に建てることにし、設置日まで決めたが、結局取り消しになった。「大学からは、少女像を学校に建てることができて光栄だと公式に手紙まで届きました。学生たちの歴史教育に役立つといって。ところが、後になってだめだと言ってきたんです。理由も教えてくれませんでした」

 最初に望んだところではないが、少女像は米国の首都近くのコリアタウンに建てられた。「今年からは対策委と私たちの団体が一緒に少女像の設置を推進しました。今年の光復節(植民地解放日)に、倉庫にあった少女像がしばらく「ワシントンめぐり」をしたんですが、それがきっかけになってエノンデイルのある韓国人の建物オーナーが私有地を提供してくれました」。少女像の隣の建物には「記憶の空間」も設けた。「小さい部屋ほどの大きさです。少女像についての詳しい説明とバッジや腕輪も展示されています。印刷業を営んでいる在米韓国人が自分の店の4分の1ほどのスペースを提供してくれました」

 除幕式の後、少女像を訪れる同胞たちが絶えないという。「少女像が見えるところで勤務している方が言っていたのですが、見ると必ず誰かが少女像の前にいるそうです。在米韓国人たちが行き来しながら少女像をケアし続けています。鳥のフンを拭いたり、雨が降れば傘も差してくれて」。

 「ワシントンの少女像」の設置も現在進行中だという。目標は来年内。「今年初めから市長室や大学、教会の方を通じて設置用地を調べています。学校が一番いいのですが、今回やってみたら私有地も悪くないと思います」

 彼女は12歳だった1990年、家族と一緒に米国に渡った。「5歳、13歳の2人の娘を持つシングルマザー。旅行会社でパートタイムで働いています。ウーバータクシーの運転手と、通訳も」。彼女は自分の活動を「統一運動」と呼んだ。「6月には米州同胞全国協会(NAKA)のメンバーと一緒に連邦議会を訪ね、ロー・カンナ民主党議員が発議した『朝鮮戦争終戦を求める決議案』支持を訴えました。支持議員数を増やすために、先月は在米韓国人たちが日を決めて地方区議員に集中的に電話し、手紙を送りました。私たちは朝鮮半島の平和を念願する、と伝えるために」

「韓日慰安婦合意」後、団体を設立 
先月、首都近くのエノンデイルに少女像を建て 
「建てた後も在米韓国人が絶えず訪れ、感動 
ワシントン内の建立も来年末を目標に 
究極的な平和は米国市民も喜ぶべきこと」 
プンムル活動をし、朝鮮半島の平和に関心

 このような活動の背景には、彼女の並外れた韓国文化への愛がある。「今も毎週月曜日に、プンムル隊(伝統打楽器を鳴らし踊りを楽しむ農楽)活動をしています。次女が太鼓を叩くのが大好きで、いつも連れて通っています」。プンムルは92年、中学校2年生の頃に出会った。「高校生の先輩たちが中心になって、わが文化分かち合いの場というプンムル隊を作りました。米国の学校にはインターナショナルデーといって、多文化の学生たちが特技披露をする行事があります。サムルノリ(伝統打楽器のアンサンブル)を習って公演しようとプンムル隊を作りました。プンムルをしながら自然に在米同胞のアイデンティティについていろいろと考えました。92年にはロサンゼルス暴動もありました。その時、白人と黒人の間に挟まれた韓国人移民のアイデンティティについてよく考えました。その後、韓国で大学に通っていた先輩たちから移民史や韓国近現代史を学びました」

チョ・ヒョンスク代表(前列右側から3人目)は、ワシントン地域のプンムル隊(わが文化分かち合いの場・プンムル隊チョンジウム)でケンガリを担当している=チョ・ヒョンスク代表提供//ハンギョレ新聞社

 2001年には米国の平和活動家たちと一緒に祖国を訪問し、米軍の射撃場があった梅香里(メヒャンニ)や朝鮮戦争時の民間人虐殺の悲劇的な場所である老斤里(ノグンリ)などを訪れた。「その時、初めて光州で大規模な集会も見ました。通訳をしながら、朝鮮半島の平和のために移民1.5世ができることがあると考えました」。2004年と2005年には韓国で専門プンムル講習も受けた。「2004年には光州に3カ月滞在して学びました。翌年は全羅北道の任実筆峯(イムシル・ピルボン)に伝承される農楽の講習を3週間受けました」

 元々はチャンゴ専門だが、今はケンガリを握るという。「プンムル隊10人のうち、20代が一番多いです。養子で米国に来た人も二人います。プチェ(扇)舞やサルプリ(巫女舞)は、公演するには長い期間習わないとできませんが、プンムルは簡単に習って直接やってみることができるので人気なんです」

 太平洋を渡って米国に住む韓国人にとって、朝鮮半島の平和にはどのような意味があるのだろうか。「私も韓国人で、韓国にルーツがあります。いまでも米国の人たちは私に韓国か、北朝鮮かと聞きます。分断された国だからです。戦争の危険がないのは、米国市民の立場からも喜ばしいこと。米国は軍事費としてお金をたくさん使いますが、私の税金が使われているということです。究極的な平和のためには戦争を終わらせなければなりません」

 彼女は米国の政治家に対する朝鮮半島平和教育の重要性を強調し、このように語った。「いま米国で草の根統一運動をする韓国人たちの間では、今の朝米関係が続けば2年前にトランプが怒りと炎に言及した時期に戻りかねないという心配が膨らんでます」

カン・ソンマン先任記者sungman@hani.co.kr(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/society/women/918466.html韓国語原文入力:2019-11-26 02:06
訳C.M

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