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教育に求められるのは生徒の思考力、ドイツと米国の歴史教育から

登録:2015-10-27 02:01 修正:2015-10-27 06:03
「どちらの判断が正しかっただろうか?」 
歴史には多様な解釈と観点がある
今年1月、米国シリコンバレーのヴァルドルフ学校であるグリーンウッドでルネッサンス時代の歴史の授業が行われている。討論授業を通じて子どもたちは、写真のノートのように、自分が直接手書きで書いて描いたレポートを作成することになる=クォン・オソン記者//ハンギョレ新聞社

 「民主主義は成熟した人々を求める。成年であることの具体的な実現は、教育を反論する教育、抵抗する教育にならしめるところで可能になる」

 今日、ドイツの歴史教育の理論的基礎を整えたドイツの知性、テオドール・アドルノが1966年「アウシュヴィッツ以後の教育」で述べた言葉だ。民主市民になるための教育は、自分が学んだことについて批判し、抵抗する能力を育むことを意味するということだ。

国定教科書をめぐる白熱した論争 
他の国の歴史教育で示唆点を見つけるべき 
ドイツ、幼い頃からホロコーストについて教育 
ナチス時期を批判的に振り返る機会を与える 
米国、複数の教材を活用して討論式の授業 

「君ならどうする?」と思考を誘導する質問を投げかける 
授業を通じて歴史解釈の多様性を知る

 教科書国定化をめぐり、激しい論争が行われている。歴史学界と歴史教育学界はもちろん、教師や保護者、青少年まで国定化反対に乗り出している。現在、国定教科書が左右両派の理念論争に傾倒しているが、これをきっかけに歴史教育の正しい方向について考えなければならないという声も上がっている。外国では、どのように歴史教育を行っているのかを調べ、韓国に何を示唆しているのか考えてみた。

■「思考力を伸ばす」ことに焦点を当てた授業

 「ドイツの学生たちは、ナチスの犯罪や第2次世界大戦についてよく知っていた。幼い頃から、国家レベルで全般的な歴史認識を持つように教えられてきたからだ。実際にあったことについて過ちを認め、これからは繰り返さないようにしようという意味も込められていた」。高校生活をドイツで送ったハン・デホン氏(32)の話だ。

 ドイツはホロコーストについての教育を幼い頃から行っており、高等課程に行くほどそれを批判的かつ具体的に取り上げる。自分に都合が悪い事実を隠したり、歪曲しようとする韓国とは明らかに異なる。『ドイツの歴史教育』(チェ・ホグン著、大橋出版)によると、実際、幼稚園からホロコーストについて教育しているところもあるという。著者によると、制度的に実施するのではなく、いくつかの幼稚園で自主的に進めているものだ。小学校5、6年生の時にも歴史教育を行うが、あまり複雑でも批判的な内容でもない。中高校になると分量が多くなり、ナチ時代を批判的に理解できるように教えられる。特に高校の現代史では、第2次世界大戦の時期だけで20時間以上をかけて学ぶ。具体的な内容は、ナチスの犯罪とそれに対する責任、ホロコーストなどだ。

 中高校教育課程に「ナチスの時期を批判的に捉えられるように教え、国民の間で、民族や宗教の違いにもかかわらず、共存と理解が伴わなければならない」という内容が盛り込まれている。連邦州別に教育指針は異なるが、この問題に関しては、各州の教育長官協議会を通じてしっかりと合意されている。今は記念館となったかつての強制収容所やナチス抵抗運動を行った歴史的な遺跡を学校レベルで訪問することも積極的に勧められている。

 彼らがこのような教育を実施する理由は、アウシュヴィッツのような犯罪が2度と起きてはならないということを明らかにするためだ。最近では、多人種、多文化社会であるため、自分と異なる他人を理解し、共に生きて行かなければならないという観点から「生活共存」を強調する内容の授業も行われている。

 ドイツの歴史教育は、知識を伝えるよりも思考力を育む方に焦点が当てられている。学生が教科書の内容を事前に読んできて、教師と会話する形で授業が進められる。教科書の情報を正確に把握し、内容を自らまとめて解釈し、他人と意見を交換するようなものだ。

 例えば12、13歳くらいの子供の授業の場合、教師が「今の生活と、その当時はどのように違う」と質問して、教科内容を理解していることを確認した後、「今と当時を比較したらどっちが好き?」と趣向を訊くことから始まる。子供たちはこの問題について自分の考えをまだ論理的に説明できない。それでも、一方を選択する。「昔がいい」という生徒には理由を尋ねる。生徒が「学校に行かなくてもいいから、毎日遊べる」と答えると、教師は「でも奴隷は毎日遊べないじゃない。毎日遊べる人はどんな人なんだろう」というふうに、生徒の思考レベルに合わせて質問する。

 このような対話を通じて、生徒は論理的に考える能力を少しずつ伸ばしていくと共に、事件や物事についての複数の視点を学べる。高校の上級生になると、学期初めに教師がテーマを提示する。生徒は「ナチ時代の外交」や「パレスチナ問題」など、本人が興味のあるテーマを選択して勉強できる。

 その内容を教える方法は、教師の裁量にかかっている。教科書を使用している場合は、歴史的事実や年号、人名などを憶えるよりも、観点によって歴史的事実がどのように変わるのか、一つの事実をどのように見るべきなのかについて、本人の考えに説得力を持たせることを重要視する。テーマ別に作られた資料集が多く、教科書の代わりにその中の一つを指定するか、または資料をコピーして配ってから、議論を行う。必ず教科書を使用するように国が強制することはない。

 重要なのは、単に「こんなことがあった」と憶えるのではなく、「この問題についてどう思うか」という質問を投げかけることだ。そして、すべての問題には、“正解”も“唯一の真実”もない。

 『ドイツの歴史教育』の著者は「歴史の授業を通じて得られる知識を「内容知識」と「過程知識」に分け、「ドイツは内容知識よりも過程知識を訓練するのに焦点が当てられている」と指摘した。単に知識を身につけるのにとどまらず、それを知っていく中で考える力を伸ばし、自分と異なる意見を持つ人々を認める過程そのものを学ぶことが、より重要だという意味だ。

 「ドイツの歴史教育は、各個人が自分に与えられた状況を自ら把握して行動し、責任を負うことができる成人として育てることに目的がある。何が正しいのか、何が間違っているのかを自ら考え、その根拠を見つけて結論を出すように訓練する」

 それと共に彼は「国定教科書のような単一の教科書を作るというのは、複数の人が共感する一つの答えを提示することだが、それは考えられないだけではなく、可能でもない」とした。

■不名誉な事件も写実的に取り上げる

 「奴隷制や人種差別、ニクソンのウォーターゲート事件、大恐慌などの政府や大統領の失策、ケネディやビル・クリントンの私生活もすべて取り上げる」

 小学校3年生の時に米国に移り住んだイ君。現在、カリフォルニア州オレンジカウンティのアナハイムのある高校の12年生だ。彼は米国史の授業を受けているが、授業に少なからず驚かされた。米国にとって敏感な内容や否定的な内容も比較的に写実的に取り上げていたからだ。

 「白人教師が白人優越主義を掲げた『クー・クラクス・クラン』について話し、人種差別の悪い点を説明する。現在も黒人を憎んで拉致して投票できないようにすることがいるという事実を教える。イラク戦争への参戦について、米国の名誉のために戦ったことが正しかったのか、現実的には米国経済が悪くなったので、結局誤った選択だったのではないかなど、チームを分けて議論した」

 イ君は「米国は、英語、数学、歴史、科学の主要科目であるほど、歴史教育を高く評価する」とし「過去の真実を鑑み、より発展した未来を迎えるためにしっかりとした歴史教育は必ず必要である」と話した。米国の高校は9〜12年制であり、米国史やヨーロッパ史、世界史など一つの歴史科目を1年ずつ学ぶ。週に7回、45分の授業が行われる。彼が学ぶ教科書は、A4サイズで927ページになり、すべてのページにグラフや写真、絵、図表がある。

 米国の場合、週ごとの教育課程の内容や教科書の執筆・選定方式が異なる。検定制や全国共通の指導要領もない。各州または各学区の教育委員会が教育課程の内容を盛り込んだ「指導要領」を持っている。教科書採択委員会は、教育委員が選出した現職教師と市民の代表で構成される。委員会は、各科目の専門家のアドバイスを受けて、教科書の見本を一般に公開した後、公聴会を経て選定する。教科書の選定は、3〜5年ごとに実施する。

 このような制度のため、教科書会社は、全国的に教科書ができるだけ多く採択されるように、多彩な内容で構成する。各州の基準に合わせるため、意図こそしなかったものの、“中立性”を追求する傾向もある。ほとんどの歴史教科書は、植民地時代から現代に至るまでの約400年間の歴史を取り上げ、A4用紙で約1000ページに達する。

 内容としては、歴史的事実に対する批判的な意見や評価を誘導する質問が多い。生徒自らが歴史的事実を批判して評価できるように客観的なデータを提供しながら、生徒が自由に自分の意見を持てるように工夫する。そのため、教師は教科書以外にも資料を多様に活用し、多くの場合討論授業を行っている。

 たとえば、教科書でベトナム戦争は、通常、30〜60ページ程度で取り上げる。政府の公式見解に基づいて「米国は共産主義者の侵略からベトナムを守るために戦争を始めた」というふうに説明する。これに加えて、新聞に暴露された国防総省の極秘文書や反戦運動、ミライ虐殺(1968年に米軍によってベトナムのある村の住民全員が皆殺しされた事件)などを盛り込んだ教科書もある。

 最後には、「ベトナム人の立場から、この戦争を考えてみよう。もしあなたがこの時期に10代だったらどう考えるだろうか?大統領の立場だったらどうしたのだろうか?反戦世論にもかかわらずジョンソンが戦争を続けたのは、正しい判断だったのか?ニクソンの判断は正しかったのだろうか?」など、討論のための問題提起が載せられている。

 米国ネブラスカ州で高校生活を送ったイム・ジョンギュ氏(25)は、「事前に本を読んで行くと、授業時間に先生が説明をした後、私たちに質問をした。教科書が百科事典のように厚く、読む物が多く、勉強するのが大変だった」と話した。

 「特にエッセイをたくさん書かされた。例えば、『南北戦争と奴隷戦争の相関性を書きなさい』というテーマが出されたが、資料を調べて文章にしていくうちに、自分の観点を持つことができた。歴史には、多様な解釈と観点があり得ることも分かった」

 米国の歴史教育の事例を研究してきたある大学の歴史教育学科教授は「州別に教育課程の内容の基準が比較的に詳しく決められているが、それぞれ異なるため、一般化するのは難しい」とした上で、「資料の開発が活発で、教科書のほか、他の資料もたくさん取り入れる。内容によって、教師が独自の意見を持つこともあるが、本人の政治的見解を一方的に教えたり強要することはできない。米国憲法修正1条に『言論の自由』が出てくるので、それはあまりにも当然のことだ」と語った。

※参考 - 『世界の歴史教科書』(越田稜、石渡延男著、作家の精神)、『ドイツの歴史教育』(チェ・ホグン著、大橋出版)

チェ・ファジン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-10-26 20:10

https://www.hani.co.kr/arti/society/schooling/714582.html 訳H.J

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