大統領は誰も、在任中に国政運営において激しい批判に直面することになるが、歴代のどの大統領も自分の統治スタイルを容易には変えられなかった。誰もが自分だけの「ドラマ」を書きあげ、それをもとに国民の支持を受けトップの座まで登りつめた経験からだろう。その結果が「こだわり」となる。盧武鉉(ノ·ヒョン)元大統領のこだわりが人権弁護士出身の地域感情に抵抗した政治家としての道徳的自信に基づいているなら、李明博(イ·ミョンバク)前大統領のこだわりはサラリーマンの成功神話に加え、ソウル市長として成果を出した経験から始まったと評価されることが多い。それなら、朴槿恵(パク·クネ)大統領のこだわりを支えているのは何か。その中心には「父朴正煕(パク·チョンヒ)」がいる。
朴大統領は1990年2月7日の日記にこう記している。 「(父が)国に対して抱いていた遠大な夢、血と汗を流した労苦、このすべてのことはきちんと継承されることなく、放り出されている。運命はいつも進むべき道に、選択の余地もなく私を追い込む」。朴大統領は、自分の本で父親を「国を守る正義の味方」と規定して、「父を中心に団結して流した国民の血と汗で国の基礎が作られて骨組みが作られ、すべての形が整った」と評価したことがある。
政治家になる前から、朴大統領は父の夢を継承することが自分の運命と思っていたことが窺える。父親が基礎と骨組みを作った国を完成させるのが一種の使命だと考えたのだ。朴大統領就任後の2年間、「経済革新3カ年計画」や「第2の漢江の奇跡」、「地球村セマウル運動」など、1960〜70年代の父が掲げたスローガンの改正版が頻繁に登場したのも使命感と関連がありそうだ。
このような使命感に加え、朴大統領は自分を「私利私欲もなく国のために献身する人」と規定している。過去2年間、朴大統領は国政運営が難関にぶつかる度に、この点を繰り返して強調してきた。政府発足直後、政府組織法改正案が野党の反対にぶつかると、朴大統領は国民に向けての談話を発表し「国民の生活をよりよくする目的以外に、いかなる政治的な私心も含まれていない」と力説した。昨年8月のセウォル号事故の責任論が続くと、「6カ月の間、休日返上で国政課題と国民の安定生活のために時間を割きながら過ごしてきた。それでも私に与えられた1日は短かった」と強調した。チョン·ユンフェ文書波紋が浮き彫りになった後に「恐れることも、怖がることもなく、国をよくするために生きているので、動揺する理由がない。ひたすらその目的一つで生きてきたし、これから(生を)終える日まで、そのために生きていくつもり」(セヌリ党指導部の昼食会)だとし悲壮な覚悟を表わした。
元大統領たちが当代の時代精神に基づいて国政を考えたのに比べ、朴大統領にとって国政とは父の代から受け継いできた国の復興プロセスであり、そのために自分は無限に献身していると信じているのである。しかし、自分自身に「代々続いて献身して奉仕する指導者」という崇高な意味を付与してしまうと、過ちや誤りを認めにくい“無欠点主義”に陥りやすい。朴大統領のこだわりは、まさにこの無欠点主義に基づいている。
韓国語原文入力: 2015.02.22 21:40