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[インタビュー]国連も廃止を勧告した 韓国の「威力による業務妨害罪」

登録:2014-09-01 18:48 修正:2014-09-02 09:12
[手に手を取って/ハンギョレとの共同企画] キム・ジヒョン前最高裁判事
最高裁で相対的に進歩的と分類され、「鷲5兄弟」(訳注:「ガッチャマン」の韓国版)と呼ばれたキム・ジヒョン前最高裁判事は裁判所内でも数少ない労働法の専門家だ。8月20日午後、ソウル西大門区忠正路のヘミル事務室で会った。リュ・ウジョン記者//ハンギョレ新聞社

『手に手を取って』は労働者の正当な権利を守り、損害賠償と仮差押えのない世の中を作るために行動する市民の会です。『ハンギョレ』は『手に手を取って』との共同企画として毎週、損害賠償仮差押えの現場を訪れます。

「なぜ不法ストを擁護するのですか?」

 ハンギョレが『手に手を取って』との共同企画としてこの2か月余り、11か所の損害賠償仮差押えの現場を紹介したところ、幾人かの読者がこんな質問をしてきた。質問は、損害賠償仮差押えに呻吟する労働者たちが“合法”でない“不法”ストをして企業に被害を与え、これに責任を負うということは当然ではないのか、という指摘につながった。彼らがこのような主張をするには理由がある。これまで司法府は、ストを含めた争議行為が刑法上の業務妨害罪、民法上の損害賠償請求の対象に含まれないためには、様々な要件を満たさなければならないと判決してきたからだ。それならば、損害賠償仮差押えは、単に労働者が法を守らないために発生する問題だろうか。

 労働者がぶつかっている損害賠償仮差押えの問題に対する意見を求めるために、前職最高裁判事でヘミル労働法研究所のキム・ジヒョン所長(56)に会った。2005年に最高裁判事に任命されたキム所長は、6年の任期を終えた翌年の2012年に労働法研究所ヘミルを立ち上げた。司法的最終判断機関である最高裁判事だった彼が、これまで不法判定を受けてきた損害賠償仮差押えの問題をどう見ているかを知りたかった。インタビューは8月20日午後、ソウル西大門(ソデムン)区にあるヘミルの事務室で行なわれた。

-法律家として損害賠償仮差押えの問題をどうみるか。

「韓国社会の難題中の難題だと思う。労働法が適用されるほとんどすべての争点が、損害賠償仮差押えの問題とからまっている。また、この問題をきちんと取り扱うためには、法体系全体に手を付けなければならない。これまで労働者の争議行為は本質的に「威力による業務妨害」という刑事処罰の対象であり、民事的には損害賠償の責任が問われるが、特別な要件を備えれば“正当行為”として免責する、というのが私たちの判例の柱だった。つまり「元々犯罪行為であるが、例外的な場合は正当だ」という構造だ。はたしてこのような論理構造、法解釈が、適切なものなのかという根本的な問題提起が必要と思われる。」

争議行為は本来犯罪行為であるが
例外的な場合、正当だというのが
これまでの判例の論理構造だ
このような法解釈が適切かどうかについての
根本的な問題提起が必要だ

「経営権を保障するのは労働者の利益」
「整理解雇は解雇でない」など
問題のある判決は学界でも議論
損害賠償仮差押は難題中の難題だが
韓国社会が必ず解決しなければならない宿題

-では、どう見るべきか?

「法解釈のパラダイムを変えなければならない。争議行為自体は正当な権利行使であり、権利の濫用など例外的な場合に限って処罰するという構造にしなければならない。こんな比喩が可能だ。医者が行なう手術は患者の体に傷をつけ、身体機能を毀損する刑法上の傷害罪に該当するが、治療のための避けられない行為である場合には違法性が阻却される“正当行為”だ、などと言う人がいるだろうか。いかなる法律家もそんなことは言わない。手術はそれ自体が、法的に問題視される行為ではない。争議行為も同じだ。韓国の憲法は第33条で「労働者は労働条件の向上のために団結権・団体交渉権・団体行動権を持つ」と記している。これは所有権のようにその限界を法律で定めるという形の“法律の留保”条項すらない基本権だ。 団体行動権は、それ自体で会社の業務に支障をきたす属性を持っているにもかかわらず、法律の留保条項がない。それだけ韓国の憲法が団体行動権を幅広く保障しているわけだ。」

-その観点がパラダイムの転換と見られるが、現実的な法適用においてどのような違いがあるのか?

「もちろん、具体的事件において結論が全く変わらないことはある。しかし、全体的に見れば、明らかに異なる結論を作り出すことができる。 2011年3月の最高裁全員合議体(最高裁判事13人が参加する裁判)の判決が一つの事例だ。当時、「ストが前後の事情や経緯などに照らして使用者が予測できない時期に電撃的に行われ、使用者の事業運営に甚大な混乱や莫大な損害をもたらした場合にのみ業務妨害罪が成立する」と判決して、従来の「正当行為と認められなかった争議行為は無条件に威力による業務妨害罪に当たる」という判例を覆した。 私はその判決にも反対して5人の最高裁判事とともに少数意見を出し、当該意見の代表執筆を務めた。その時、争議行為は契約関係で発生する一種の債務不履行として刑事的処罰の対象になるのではなく、特に団体行動権の行使として幅広く認められなければならないという点を強調した。「威力による業務妨害罪」は、世界のほとんどの国で労働権が認められると共に消えていき、韓国と日本だけに関連法制度が残っているが、実質的に韓国だけが適用しているという点も記述した。これは国際労働機構(ILO)や国連でも何度も廃止勧告をした法規だ。」

-現場を歩く中で、労働者たちから「スト自体が会社に損害をもたらすものなのに、その損害を全部請求されたのではどうしてストができるか」という自嘲まじりの言葉をかなり聞かされた。そのとき、この発言にこそ憲法的原理が盛り込まれているという気がした。

「そのような言葉に適切な論理を付けて説明できなければならない。それが法律家や立法に関与する専門家たちがやるべきことだ。 憲法的権利を保障するために、現実の行為との関連性を綿密に論証して、二つの基本権が衝突する時、何が優先されなければならないか、侵害される権利はどの程度まで容認可能なのか、などを厳密に検討しなければならない。そうして初めて、立法も理解されるものになる。」

-結局、損害賠償仮差押えは法の改正を通じて解決しなければならない問題なのか。

「立法だけでなく、法解釈に対する問題提起が同時になされなければならない。つまり立法論と解釈論、この二つが伴わなければならない。立法だけで解決しようとすれば、始めに提起されたように、なぜ不法を擁護するのか、なぜ不法を容認する範囲をさらに広げなければならないのかという批判に直面する。このような批判に対応するためにも、既存の法解釈にどんな問題があるのか、に対する鋭い省察と研究が必要であり、それを基に新たな立法をしなければならない。つまり、解釈論と立法論の二艘引きで進めなければならない。そうしてこそ、人々を説得することができる。」

-最高裁の法解釈は実に大きな影響を及ぼす。整理解雇・民営化などが経営権に属し労働条件には該当しないという解釈も、最高裁が2002年に下した判決だ。このような法解釈はどう見るか?

「憲法は“勤労条件の向上”のために団体行動権を保障し、労組法(労働組合および労働関係調整法)は労働者の“社会的・経済的地位の向上”を目的とすると書いている。それならば、勤労者の社会・経済的地位向上という目的を実現するうえで関連がある場合、団体行動権を保障するのが妥当ではないだろうか。そのような面で間接雇用と整理解雇に反対する争議行為は許されないという法解釈には克服の余地が十分にある。これまでの韓国の判例は、労働条件の範囲を非常に狭く解釈し、経営者に全面的権限がある事項については労働争議ができないものと判断してきた。しかし、果たしてこのような判断に憲法的な根拠があるのか、労組法の明文に照らして正当な解釈なのか、深い論議が必要だ。また、何が争議行為の範疇に入るのかも篩いにかけてみる必要がある。」

法理を歪曲した接近は、法律家として魂を売る行為

-最高裁は1年後の2003年、「経営上の措置は原則的に労働争議の対象になり得ない」と言い渡し、判決文に「このように解釈する場合、まずはその企業に所属する労働者の労働三権が制限されるのは事実だが、これは過渡的な現象に過ぎず、企業が競争力を回復して投資が行なわれれば、より多くの雇用が創出され、労働者の地位が向上する可能性があるので、巨視的にみればこのような解釈がかえって労働者全体にプラスになり、国家経済を発展させる道となる」と書いた。要するにパイが大きくなれば全ての経済主体が恩恵を受けるという経済学の古典的な論理だが、歴史的にはこれに対する反証事例と市場の失敗事例が無数にある。最高裁がちょっと無理な論理を掲げたのではないか?

「当該判決文は整理解雇だけでなく、他の基本的な労働条件についても全て認められないとも言える論理だ。事実、学者たちの間ではかなり議論の多い判例の一つだ。その判決文の論理が経済学的な視覚においても通用するのか知りたいところだ。」

-労組法は労働争議を「賃金、勤労時間、福祉、解雇など労働条件の決定に関する主張の不一致から発生する紛争状態」と定義し、司法府は「整理解雇は経営権に属するので労働争議の対象にはなりえない」と判断した。明文規定と司法府の法解釈を組み合わせて演繹的な推論をすれば「整理解雇は解雇ではない」いう結論に達する。誰が見てもおかしな結論になる

「労組法は労働条件の一つとして解雇を明示しており、そのどこにも整理解雇は除くという規定はない。にもかかわらず、それを労働者側に不利に勤労条件の範囲を縮小して解釈するのが、労働法の趣旨に照らして、果たして適切か、という議論が確かにある。」

-過去に国会に提出されて廃棄された立法案の中には「破壊・暴力行為を除いては損害賠償請求を制限する」という内容があった。このような法案についてはどう思うか?

「ちょっと過度であり、国民的同意を得にくいと思う。この問題を損害賠償請求権の制限で解決しようとすると、公平や平等の原則に反するという批判に直面せざるを得ない。それよりも、正当な権利行使としての争議行為の範囲そのものを再定義すべきだ。争議行為が権利行使として認められるようになれば、損害賠償請求において、行為者の故意や過失の立証など厳格な要件が必要となる。今は争議行為がそのまま犯罪行為になるので、このような過程が省略されている。また、すべての要件を備えてストをしたが、実行する過程で一部暴力行為が伴ったという場合、争議行為全体が不法となって損害賠償責任が伴う。こうした場合には、暴力行為が直接的な影響を及ぼした損害に対してのみ責任を認めるべきではないか。これは現行の法理だけをもってしても一度考え直してみるに値する解釈論的な問題だ。」

-多くの労働者は、法が不当労働行為に寛大で、争議行為には厳しいという法律認識を持っている。

「そんな認識は理解できる。検察が不当労働行為事件を起訴するケースは稀であり、裁判まで行っても、裁判所が企業側に不当労働行為の主観的意思があったかどうかを厳しく問う。主観的意思は証明しにくいため、違法判断を下すことも容易ではない。実は不当労働行為は研究が必要な分野だ。不当労働行為自体が代表的な米国の労働法制度だ。したがって法の適用事例も米国に多いが、国内の法学者と法曹人はほとんど大陸法(ヨーロッパ法)に精通している。相対的に研究が不十分な分野だ。」

-多くの損害賠償仮差押えの事業場が、創造コンサルティングという会社が介入したところだ。この会社が、複数労組の制度と攻撃的職場閉鎖、損害賠償仮差押えを悪用して労組を破壊しようとしたという文書が出てきたこともあった。この会社についてどう考えるか?

「特定の会社について論評することは適切でない。ただ、昨年から労働法研究所でアカデミー課程を運用する中で、その趣旨をこのように説明したことがある。私たちの課程には企業の立場を代弁する社内弁護士も来るし、労組側の弁護士も来る。社内弁護士は労働法を企業の目線で眺め、労組側弁護士は労働者の視覚で見る。どちらの見方も誤っているわけではない。結局、労働法というのは、権利がどこまで及び、どこで終わるのか、その接点を見出すことである。問題になるのは、既存の法理を悪用したり奇妙に歪曲して労働問題に接近することだ。それは法律家として、魂を売る行為だ。」

-本人の哲学の問題だろうけれど、聞いてハッとする人もいると思われる。前職最高裁判事として、最高裁が下した様々な判決と異なる法解釈を語ることには負担を感じないか?

「損害賠償仮差押えの問題は私たちに与えられた社会的議題であり、宿題だ。その宿題を解くために、細部的な争点は何であり、具体的に何が論議されるべきか、明らかにしてみようという趣旨で、いろいろ話した。個人的な見解を表わした部分も、私の主張が正しいというよりは、このような部分でさらに深い論議が必要だといった論点整理の次元で理解してほしい。」

『手に手を取って』と共に学術大会を準備中

-最高裁判事時代の記憶に残る労働に関連した判決は何か?

「通勤退勤時の事故が業務上災害に当たるかどうかという事件を全員合議体に付したが、僅差で業務上災害とは認定しない既存の判例が維持された。その時、力を込めて反対意見を書いた。それから、労働者の地位確認訴訟での不法派遣のケースでも2年経てば雇用されたものとみなすという判決も記憶に残っている。当時既存の判例が変わって、以後に現代自動車の社内下請けは不法派遣に該当し、当該労働者は正社員と見なければならないという判決につながった。」

-退任して労働法研究所ヘミルを立ち上げたが。

「退任して周囲を見たら、労働研究所は多いけれども労働法研究所を標榜するところはなかった。それで続けて労働法を研究して、現実の労働問題を解決するのに寄与しようという趣旨で立ち上げた。ヘミルは年に2回、アカデミー課程を運営し、労働法フォーラムを開くなど、シンクタンクの役割を志向している。今後、研究成果を集めて出版し、懸案についてイシュー・ペーパーも出す計画だ。『手に手を取って』と一緒に損害賠償仮差押えに関する学術大会を開く準備もしている。」

ユン・ヒョンジュン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/labor/652372.html 韓国語原文入力:2014/08/24 11:20
訳A.K(6197字)

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