どんぐり眼に近い彼の目が、さらに大きく見開かれた。その目で瞬きをすると、首を横に振った。その瞬間、いったいどんな思いがよぎっただろうか。
国会で開かれたチョン・ソングン文化体育観光部長官候補に対する10日の人事聴聞会で、チョン候補のソウル江南区(カンナムグ)逸院洞(イルォンドン)にある記者用マンションを1988年に買ったイム・某氏の声がスピーカーから流れた。 その前年に譲り受けた後、直接居住しイム氏に金を借りて仮登記をしただけだったというチョン候補の弁明が嘘であることが露見した瞬間だった。 (2009年にチョン・ソングァン検察総長候補の事例があったりはするが)国務委員候補者の偽証が人事聴聞会現場で確認された‘歴史的瞬間’として記憶するに値する。 この日終日、<SBS>ナイトライン ニュースの最後に政治と社会の問題点を堂々と指摘していたかつての‘チョン・ソングン アンカー’の姿は見られなかった。
チョン候補個人としては人生から消してしまいたい恥ずかしい日だっただろう。 だが、一層みじめだったのは国民だ。
文化部長官は文化・体育・観光分野を管轄する部署の首長であると同時に、対内外的に政府を代表する政府の広報官役を担っている。 日本の安倍晋三総理が靖国神社を電撃参拝し、全世界が韓国政府の反応強度を注目した昨年12月26日、ユ・ジンリョン文化部長官が「時代錯誤的行為」として安倍総理を強力に非難する声明を発表したのが代表的な例だ。 妻と子供が永住権を取得しアメリカに住んでいて、聴聞会で嘘までついた人が代弁する政府の話を、どこの国の国民が信頼するだろうか。
事実、聴聞会での偽証を別にして、政府広報官であるかないかも別にして、今までに明らかになった疑惑だけでもチョン候補は国務委員や文化部長官としての資格に達しない。 飲酒運転、子供の不法早期留学、ネチズンより劣る幼稚で偏狭な政治コメント、公認の代価としての事務室賃貸など‘雑犯’の如き疑惑がぞろぞろと出てきた。 候補として全く議論されてもいなかった彼が文化部長官候補として発表された時から、気乗りしなかった文化界ではため息が深まった。
それでも、ひょっとしたらと思ってチョン候補がセヌリ党の党協委員長を務めた京畿(キョンギ)坡州(パジュ)甲地域の何人かの要人に彼に対する評判を訊いてみた。「長官候補がそんなにもいないのか」という話を除いては、とても紙面に書き写すことも難しい答が帰ってきた。 10日の聴聞会は、言論人どころか平凡な一個人としての品格さえ守れなかった彼の人生の断面を露わにした‘画竜点睛’に過ぎない。
文化界はお金や権力より名誉と尊重、自負心が更に大きな原理となることが多い分野だ。 多様な声が他のどの分野より自由に共存する所だ。 しかも、セウォル号惨事で今まで韓国社会が走ってきた方向に対する根本的批判が出ている今、文化部は指導者の倫理を含め、私たちの社会認識を変える風土を作ることを担当する唯一の部署でもある。 文化に対する哲学と所信が今まで以上に要求される席に、聴聞会で明らかになったように不法と偽証、偏狭な思考を持った人を、どうしても座らせなければならないのだろうか。 朴槿恵政府は‘文化隆盛’を創造経済、国民幸福、統一基盤構築と共に国政運営4大基調として前面に掲げた経緯がある。 人事の強行は国政運営の4分の1を自ら押し倒すことになるわけだ。
当初からチョン候補は‘合わない服’を着ただけなのかも知らない。 政界では彼が‘大統領府報道官’の席を望んでいるという話が出回った。 本人も長官までは望んでいなかったという話だ。 言論人出身で親朴キャンプに入ったチョン候補が長官候補になった時、大統領府が文化よりは‘国政広報’に重きを置こうとしているという観測が自然に流れ出た。 疑惑と嘘のおかげで、もう国政広報すら期待し難くなった。
だから頼むから、政府の品格を守って下さい。
キム・ヨンヒ文化部長 dora@hani.co.kr