原文入力:2012/02/16 21:26(2288字)
←朴槿恵セヌリ党非常対策委員長と党名公募受賞者が16日午前、ソウル、汝矣島(ヨイド)の党事務所建物に新しい党名とロゴを刻んだ看板を掲げている。 キム・ミョンジン記者 littleprince@hani.co.kr
セヌリ公認申請 調べてみれば
イ・ジェオ、イ・ドングァンなど‘MBマンら’ほとんどが申請
大邱(テグ)達西(タルソ)乙 12対1 最高…ソウル冠岳(クァナク)甲は0人
16日に公開されたセヌリ党の19代総選挙地方区公認申請現況は‘親朴大勢論’を如実に示した。 親李明博系主軸も党内‘政権失敗責任論’を無視し、大部分が候補として登録した。
■経歴に‘親朴’言及者だけで全体の10%
総計972人の公認申請者の内、2個だけ書くようになっている主要経歴欄にいかなら形式であれ‘親朴’を表記した申請者が90人余りに達した。 10名中1名が親朴性向であることを示そうとしたわけだ。彼らはほとんど‘朴槿恵前代表特別補佐官’、‘朴前代表○○地域選対委員長’、‘□□地域朴槿恵を愛する集い顧問’等の履歴を前面に出した。 朴非常対策委員長の周辺支持組織である各地域国民希望フォーラムの職責を書いたケースも多かった。 4年前の18代総選挙公認受付当時、申請者が先を争って‘李明博大統領職業務引継ぎ委員会諮問委員’、‘李明博大統領候補特別補佐官’、‘安国(アングク)フォーラム会員’等‘李明博 マーケティング’をした時と比べれば‘隔世の感’だ。
‘親朴大勢論’は地方区別競争率でも明確にあらわれた。公認競争者がいない‘単数申請地域’が30ヶ所あるが、9ヶ所が親朴議員の地方区だ。 親朴核心であるソ・ビョンス(釜山、海雲台(ヘウンデ)機張甲),ユ・ジョンボク(京畿(キョンギ)金浦(キンポ)),イ・ヘフン(ソウル、瑞草乙),イ・ハクジェ(仁川西、江華(カンファ)甲),キム・ソンドン(ソウル道峰(トボン)乙)議員などの地方区には他の申請者がいなかった。 ユ・スンミン(大邱(テグ)東区(トング)乙),チェ・ギョンファン(慶北(キョンブク)、慶山(キョンサン)、青島)議員の地方区は申請者がそれぞれ2人と3人に終わった。 党関係者は「公認を申請しようとしたが周囲から‘お前が親朴でもないのに何を信じて申請するのか’と言われてあきらめた」と話した。
非常対策委に主軸として参加した刷新派議員の地方区もやはり申請者が閑散としていて‘権力の力’を見せつけた。 非常対策委員であるキム・セヨン議員(釜山、衿井(クムジョン))は単数申請地域であったし、チュ・グァンドク議員(京畿(キョンギ)九里(クリ))もやはり競争者が2人に終わった。 ファン・ヨンチョル スポークスマンの地方区(江原(カンウォン)、横城(フェンソン)・洪川(ホンチョン))とクォン・ヨンジン非常対策委政策刷新分科諮問委員の地方区(ソウル、蘆原(ノウォン)乙)にも他の申請者はいない。
反面、李明博大統領側の人であることを前面に出した申請者は現政権で公職にあった親李系の一部にとどまった。 ソウル、九老(クロ)乙に申請したホン・ソンシク弁護士は‘BBK事件被告人キム・キョンジュン弁護人’という経歴を表示した。
■親李明博系主軸ほとんどが申請
このような雰囲気の中でも李明博大統領の側近や李政府で主軸の役割をした‘李明博マン’らはほとんどが公認申請を出した。 キム・ジョンイン、イ・サンドン非常対策委員らが‘責任論’と‘勇退論’で圧迫したが、効果がなかった計算だ。 特任長官を務めたイ・ジェオ議員(ソウル恩平(ウンピョン)乙),大統領府報道官を務めたイ・ドングァン前首席(ソウル、鍾路(チョンノ)),パク・ヒョンジュン前首席(釜山、水営),パク・ヨンジュン前知経部次官(大邱(テグ)中南区)等が揃って公認を申請した。
一部地域では‘李明博マン’が複数志願をした。 国家情報院長を務めたキム・ソンホ前法務長官と大統領府報道官を務めたキム・ヒジョン前議員は釜山、蓮堤で公認競争をすることになった。 ソウル、陽川(ヤンチョン)甲でもキム・ヘジン前特任次官とパク・ソンギュ前大統領府報道官が並んで申請した。
■大邱(テグ)達西(タルソ)乙 競争率最高
ソウル、冠岳(クァナク)甲など8ヶ所の申請者‘0’
今回の公認受付の結果、競争率が最も激しい地域は大邱(テグ)達西(タルソ)乙で、12対1の競争率を記録した。セヌリ党の菜園であるのに加えこの地域の現役議員であるイ・ヘボン議員が不出馬を宣言したため、志願者が集まったと見られる。 ソウルではパク・ヒテ国会議長の全党大会金入り封筒散布事件を暴露したコ・スンドク議員の地方区である瑞草乙地域が10対1で最も競争率が高かった。 反面、キム・ソンシク議員が離党したソウル、冠岳(クァナク)甲地域と光州(クァンジュ)東区(トング)など8ヶ所では志願者が全くいなかった。2004年アテネオリンピックでテコンドーで金メダルを取ったムン・テソン国際オリンピック委員会(IOC)選手委員は釜山沙下(サハ)甲に申請して目を引いた。
セヌリ党は公認申請者を対象に来る20日、初の面接を釜山地域から始める。 ソン・ヨンチョル記者 sychee@hani.co.kr
原文: https://www.hani.co.kr/arti/politics/assembly/519424.html 訳J.S