戦争の時代だ。交渉は爆撃のための欺瞞であり、外交は道を失っており、結局軍事だけが残った。戦争の始まりは常に選択によるものだが、終わりは予測できない。戦争が別の戦争を生む理由は、暴力の傷のためだ。個人または集団レベルの傷は力で押さえつけられた時は身を潜めているが、ある瞬間歴史の復讐として噴出する。自ら国を守る力を育てなければ生き残れない時代だ。同時に、小さな火種でも積極的に見つけて消さなければならない。
もちろん、中東と東アジアに違いがあるように、イランと北朝鮮も異なる。北朝鮮はイランと違って、事実上の核保有国だ。軍事力の観点から「抑止の均衡」が維持される朝鮮半島では、戦争の可能性は高くない。ただし、バランスは不安定だ。米国の利益だけを優先する以前とは異なる米国が、核の傘、つまり拡大抑止を引き続き提供するのか疑問だ。提供したとしても、その価格は上がるだろう。欧州のように米国の代わりに核の傘を提供するフランスが東アジアには存在しない。核兵器の拡散は構造的に困難だが、拡散への意志は高まる一方だ。
中東戦争で「関与」の危険性が目の前に広がった。在韓米軍の戦略的柔軟性について相互合意が必要であり、作戦統制権の返還を急ぎ、軍事主権を回復しなければならない。東北アジアの対立と軋轢(あつれき)を緩和するための外交的役割を広げ、南北関係を安定的に管理することもますます重要になった。
現在、衝突の可能性が高い場所は非武装地帯だ。北朝鮮は2024年10月から敵対的な二国家を主張し、軍事境界線を国境として設定し、要塞化すると宣言した。連結したものを切り離し、地雷を埋設し、壁の工事を続けている。先日、第9回党大会で国境の要塞化が再度強調された。
非武装地帯は面だ。南方境界線と北方境界線は鉄条網で明確に区分されているが、軍事境界線はそうではない。1953年に停戦協定が結ばれた際、1292本の軍事境界線の標識が設置された。その間に壊れたり、雨に流されたりして、今は200個も残っていない。長年にわたり衝突の可能性があったため、維持・補修が困難だった。対話の時代には非武装地帯という面でアプローチしたため、軍事境界線という線は重要ではなかった。
北朝鮮が二国を主張することに伴い、面ではなく線が争点として浮上した。残念ながら、軍事境界線には構造的な誤差が存在する。1953年に標識を設置した際も、線が墓地や村を貫通する場合は地形に応じて北側または南側へ移動させた。標識が消えた状況で唯一の合意の基準は、停戦協定当時の軍事境界線を描いた地図だ。ところが、縮尺5万分の1の地図上にボールペンで引いた線の実際の幅は50メートル。誤差範囲内で(解釈の)違いが生じる。
停戦協定から70年以上の歳月が流れ、水路が変わり、湿地が移動し、地形が変化した。これまで国連軍司令部のレベルや国内で測地系を活用して軍事境界線の地図を修正してきた。もちろん、国連軍と韓国軍の軍事地図は異なる。当然ながら、北朝鮮と合意したこともない。
昨年、北朝鮮が国境化作業を進める中で、10回以上の衝突が起こりそうだった決定的な理由も、南北が考える軍事境界線が異なるからだ。北朝鮮の工事人員が基準とする線は、韓国側が定めた軍事境界線とは異なるため、結果的に「侵犯」が発生する。そのたびに韓国軍は定められた規則に従って警告放送と警告射撃を行った。2025年11月に国防部が軍事境界線を巡る偶発的な衝突を防ぐため、軍事会談を提案した理由だ。北朝鮮はこれに応じなかった。ただし、韓国軍の警告射撃について国連軍司令部に抗議した。
現在、朝鮮半島で唯一開かれている意思疎通の窓口は北朝鮮と国連軍司令部の電話だ。毎日午前と午後の2回、正常に通信点検を行っている。国連軍司令部は非武装地帯の衝突防止のために権限だけを主張せず、定められた責任に集中してほしい。南北と国連軍司令部が一堂に会し、軍事境界線に合意しない限り、偶発的な衝突を防ぐことはできない。韓国は北朝鮮に対話を提案し、北朝鮮は国連軍に抗議するという三者間の歪んだ意思疎通を繰り返す時ではない。
非武装地帯は衝突を防ぐための緩衝空間だ。北朝鮮は二国間の国境として線を主張している。西海(ソヘ)の海上境界線は1953年にも合意に至らず、陸上の軍事境界線にも構造的な誤差が存在する。その間、線の限界を面の知恵で補ってきた。面は衝突を防ぎ吸収するが、合意のない線は対決の火種となる。すぐにでも衝突を防ぐ線を合意するために集まるべきだが、その過程で持続可能な平和のための新しい面の設計が必要だ。線を巡る危機を面のための機会に変えることができれば、どれほど素晴らしいだろうか。