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グローバル韓国学の急成長…「広報」でなく「批判」を育てよ【朴露子の韓国、内と外】

登録:2025-07-10 20:28 修正:2025-07-11 12:09
イラストレーション:キム・デジュン//ハンギョレ新聞社

 今年6月19~22日、私はスコットランドのエディンバラで開かれた第32回欧州韓国学会(AKSE)の学術大会に参加した。私が初めて参加した欧州韓国学会の大会は1995年だったので、ちょうど30年が経ったわけだ。その30年間、欧州における韓国学の地形は、桑田碧海のごとく変わった。欧州の大学院生たちが今回発表した論文、例えば首都圏グリーンベルトでの土地収用反対運動や、日本による植民地時代の新聞広告の写真の変遷史などは、そのデータの量や理論の適用、分析の方法などでは韓国国内の学界と同じ水準、あるいはそれ以上だった。最近の欧州地域の新進の韓国学研究学生たちにとって、韓国国内での現地調査と既存の研究を包括的に読み漁るのは基本だ。そこに斬新な理論の適用と他国の地域との比較などが加味されるので、立派な研究結果が出てくる。

 欧州を含めた国外の韓国学は、今や質だけでなく量的にも急成長、急上昇している。多くの国で韓国語はもはや最も人気のある外国語に浮上している。韓国語課程のある多くの北欧の大学ではここ数年間、韓国語を選択する新入生の数が、例えば日本語や中国語を選択する学生の4~5倍となった。現在の教員人材では手に余る「韓国語」、ひいては「韓国学」ブームが今起きている。「これらはすべて韓流の効能」というのが多くの人々の考えだろうが、必ずしも韓流のためばかりではない。韓流はたいてい韓国学に入門する時、その直接的な動機として作用する「関門」の役割をする。しかし一度入門した後、その動機が維持されるのは、韓流のみならず韓国の進歩的市民社会の魅力など、様々な複合的理由が作用する。韓国学を含む人文・社会科学の新進気鋭の研究者のほとんどは女性だが、彼女たちにとって例えば韓国の急進フェミニズムなどは非常に魅力的なテーマだ。アンチフェミニズムが幅を利かす韓国の一部の若い男性たちの社会現実と、これほど克明な対照をなす事例が他にあるだろうか。

 質と量の両面で国外の韓国学の成長は今、非常に重要なモメンタムを作っている。これほどの急成長なら、韓国学は中国学や日本学に劣らず、欧州など多くの地域で「主流」の仲間入りを果たすことができる。しかし、確固たる主流になるためには制度的な後押しが求められる。中国・日本学と同じくらい、韓国学分野でも教授職などが追加で設置されてこそ、その比重も同等になるだろう。韓国語と韓国学に対する需要が急上昇している今こそ、国外の韓国学の制度的インフラに対してこのような支援を最も効率的にできるゴールデンタイムだ。急上昇はいつかは止まるだろうが、ひとまずそのような局面で構築されたインフラは長く残る。海外の日本学のインフラは主に日本の政府機関などの後援で、日本の大衆文化の人気が上がった1970~80年代に構築された。日本の大衆文化の人気上昇は結局止まったが、すでに作られたインフラは今もそのまま残り、学界の「主流」の一部として日本学の位置を保証してくれる。韓国学としても、急成長の局面が終了した後の長期的な守成は究極的課題であり、守って維持できる制度的なインフラは今こそ構築されなければならない。

 急上昇してはいるが、国外の韓国学は韓国を含む世界の学界が患っているすべての疾患を共に患わざるを得ない。新自由主義社会で学界ほど非正規職の割合が高い部門も珍しい。欧州の場合には国ごとに違うが、最近の博士号取得者のうち非正規職が占める割合は20~49%で、各国の全般的な非正規職の割合のほぼ2倍以上となる。欧州で博士号取得者の平均年齢は約26~27歳だが、正規職になるためには大概35~40歳程度にならなければならない。研究熱と研究能力が最も旺盛な年齢で、韓国学を含むほとんどの分野で多くの人材が2~3年のポストドクター課程、客員教授職などを転々としながら、「奴隷」のような生活を強いられる。新自由主義が続く限り、この状況を本質的に改善することは難しいだろう。だが、国外の韓国学に対する支援は、少なくともこの状況をもっと悪化させる必要はない。すなわち、新しい非正規職を量産する大型プロジェクトの支援よりは、正規職になれる教授職の設置に焦点を当てる方が良いだろう。

 国外の韓国学を見る韓国内の視線はかなり複雑だ。ほとんどがこれを好意的に見るが、一部では外国で韓国学を研究する人々をあたかも「グローバルコリアの広報要員」のように扱おうとする傾向がある。このような視線は、企業広報と違って本質的に批判的にならざるを得ない学問の属性に対する誤解によるものだ。実際、外国の批判的な韓国学は、すでに韓国現代の知性史において少なからず重要な役割を果たしてきた。1968年に出たグレゴリー・ヘンダーソンの『朝鮮の政治社会』は、当時韓国内では政治的状況から研究が困難だった米軍政期の一連の失策、そして米軍政の韓国極右養成政策の全貌を明らかにし、韓国の学界にも重要な話題を投げかけた。ブルース・カミングスの『朝鮮戦争の起源』を代表的成果とする進歩的韓国学が成し遂げた解放期の歴史に対する探求なしには、おそらく韓国で『解放戦後史の認識』シリーズのような、一世代の精神世界を支配するほど大きな影響力を行使した名著が出ることはなかっただろう。最近もフランスの研究者であるヴァレリー・ジュレゾの『アパート共和国』(韓国語訳本は2007年出版)は、韓国国内とは異なる見方で韓国人の「アパート中毒」現象を分析し、韓国の研究者たちに新しい洞察を提供した。国外の韓国学が批判的であればあるほど、そして国内で光を当てにくい敏感なテーマを扱えば扱うほど、究極的にはむしろ韓国人にとってより有効になるというのが、私のこれまでの観察だ。

 韓国国外の韓国学への支援は「慈善」ではない。外国で韓国学の授業を受けた学生たちが韓国に留学生として来て、入学生不足に苦しむ大学の「命綱」になることもあり、彼らの批判的な視線や斬新な議題設定などは韓国国内の研究仲間たちの役にも立つだろう。重要なのは、国外における韓国学支援策を出す際に、その自律性を尊重し、その批判的精神をありのままに生かすことだ。

//ハンギョレ新聞社
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov)|オスロ国立大教授・韓国学 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1206951.html韓国語原文入力:2025-07-08 19:25
訳J.S

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