6月3日の大統領選挙が1週間後に迫っているが、与党「国民の力」のキム・ムンス候補の時間は逆戻りしている。大統領弾劾で行われる選挙だが、キム候補はむしろ「弾劾元祖」の朴槿恵(パク・クネ)元大統領を訪れ、名誉回復を約束した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領の内乱裁判で連日不法指示を行ったという証言が出ているにもかかわらず、キム候補は尹前大統領と関係を絶つ代わりに、尹前大統領の「代理人」の役割を果たしてきたユン・サンヒョン議員を共同選挙対策委員長に電撃的に任命した。現在の値段で合計1億ウォン(約1050万円)近いシャネルのバッグ2点とダイヤモンドのネックレスは今回の大統領選挙の「シーンスティーラー(Scene Stealer)」だ。「情にもろい」というキム・ゴンヒ女史(尹前大統領夫人)の国政壟断疑惑が政権を揺るがしたのに、キム候補がキム女史問題について謝ったことはない。 尹前大統領の「影」を振り払うことができないキム候補から戒厳と弾劾の悪夢を消すことは容易ではない。
大統領選挙を目前にして「国民の力」がすがっている頼みの綱は、キム・ムンス候補と野党「改革新党」のイ・ジュンソク候補の「一本化」と陣営対決だ。最近の各種世論調査はキム候補側に希望を抱かせ続けている。最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン候補と支持率の差が一桁に縮まったという調査が出てきて、イ・ジュンソク候補と支持率を合算すれば、イ・ジェミョン候補と競ってみる価値があるというのが表面的な理由だ。自分たちがイ・ジュンソク候補を党からどのように追い出したのかを忘れ、支持層が異なるため両候補が一本化したら離脱票が増えるという分析も気にもとめない。ただし、イ・ジュンソク候補は同日も「最後まで戦い抜いて勝つ」とし、一本化の可能性を繰り返し一蹴した。支持率上昇の勢いに乗っているイ・ジュンソク候補がキム・ムンス候補にあえて候補の座を譲る理由がないという「真実」は彼らも知っているだろう。国民の力の「一本化への執念」は、一本化そのものよりも一本化のイシューを絶えず提起することで、「イ・ジュンソクの票=死票」のフレームを作ることに主な目的がある。保守支持層を最大限キム・ムンス候補に結集させ、選挙に敗北しても責任をイ候補側にある程度は転嫁できるという思惑だ。
ただし、そこから抜けているのは、候補と国民の力の競争力だ。12・3非常戒厳令から罷免に至る間、「弾劾反対」だけを叫びながら4カ月を無駄にした政党が早期大統領選挙をまともに準備できたわけがない。「ハン・ドンフン(前代表)不可論」に焦点が当てられた予備選挙のルールは、支持基盤の拡張性が全くない候補選出に帰結したうえ、無理やり候補を替えようとしようとして逆風にさらされた。瓦解した支持層を結集させようとしたため、必然的に過去志向的なキャンペーンへと繋がった。朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の生家を訪れ、朴槿恵元大統領の「無念」を強調し、尹前大統領の最側近をキャンプの重要な補職に座らせ、これを「統合」と強弁する。憲政秩序の破壊に対する反省と省察は消え、票にさえなるなら朴槿恵であれ尹錫悦であれ政治的に再活用するという浅はかな考えだ。大統領選挙よりは大統領選挙後の党権争いの予告編と見ることもできる。
このすべての過程で抜けているのは、今回の大統領選挙がなぜ行われるのかに対する根源的な省察だ。12・3内乱事態以降、最近まで多くの市民が不眠と不安を訴えてきた。非常戒厳宣言で韓国の民主主義が崩れることを恐れ、国民の力が反対して国会で尹錫悦弾劾案が否決されることを恐れ、大統領権限代行が憲法裁判所の弾劾審判を妨害することを恐れ、「官邸籠城」を行う尹前大統領が拘束されないことを恐れ、憲法裁判所が万が一にでも弾劾を棄却することを恐れ、気を揉んだ時間は数カ月にわたる。チ・グィヨン裁判長による尹前大統領の拘束取り消しと検察の即時抗告放棄、最高裁の露骨な選挙介入などを見て、内乱勢力の復帰を心配する状況にも追い込まれた。一方、国民に銃口を向けた内乱を首謀した被疑者は、漢江の川辺で犬を散歩させ、麦ごはんで有名な店を訪れ、映画館で大笑いし、平凡な日常を営んでいるのは不条理だ。振り返ってみると、この6カ月だけではなく、尹錫悦政権2年半そのものが韓国民主主義に対する信頼を崩した時間だった。尹錫悦とキム・ゴンヒ夫妻の権力の私有化と国政壟断、政治的反対勢力への弾圧、言論の自由侵害など日常化された「内乱」の連続だったと言っても過言ではない。
もはや国民が答えを出すべき時間だ。選挙終盤にさしかかるほど、相手候補に対する中傷と過激な政治攻撃などが選挙戦を圧倒するだろう。にもかかわらず、忘れてはならないのは、今回の大統領選挙の意味だ。革新と保守という陣営の争いではなく、民主と反民主、常識と非常識が大統領選挙の基準にならなければならない。民主主義と憲法の価値を守るという誓いを実現させる転換点が今回の大統領選挙だ。民主共和国が崩壊しそうになった12月3日の夜を思い出さなければならない。