「流暢な英語力、韓国語でのコミュニケーションが可能」
2カ月あまり前、私はソウル市の発表した報道資料を何度も読み返した。9月から始まる「外国人家事管理士モデル事業」の利用家庭を募集するという内容の報道資料だった。特に目についたのは、太字で強調された中間タイトルだった。「流暢な英語力を持ち、韓国語のコミュニケーションが可能な、検証されたフィリピン人家事管理士を100人選抜」と記されていた。
英語力については、フィリピン人家事管理士の説明の最初に記してあった。ケアに対する彼らの専門性や犯罪歴よりも前だ。7ページの報道資料は「英語」に5回も言及していた。申し込み者が多くなければ「モデル事業の成功」の見通しが立たないため、「英語共和国」といわれるくらい英語教育に熱心な韓国の人々の欲望を狙おうとするソウル市の本音がすけて見えた。子どもが話しはじめる前から英語にさらす韓国社会において、フィリピン人家事管理士たちの「流暢な英語」は、幼い子を持つ人々の欲望を十分に刺激した。
案の定だった。当時、マスコミは「英語が流暢なフィリピン人家事管理士がやって来る」などと見出しを付けた記事を書いた。あるメディアは、このサービスを利用すれば家事も手伝ってもらえるし、子どもも自然と英語に触れられるという市民のコメントを伝えた。
同僚記者と当時、コミュニケーションや子どもの教育熱などの理由で江南(カンナム)3区の申請率が高そうだと話し合ったが、結果はその通りだった。サービスを申し込んだ731世帯に占める江南3区の世帯の割合は42.7%(312世帯)で、選定された157世帯に占める割合は33.7%(53世帯)と最も高かった。今回のモデル事業を共同でおこなっているソウル市と政府も、それを予想していたのだろうか。フィリピン人家事管理士の共同宿舎は、江南区の駅三洞(ヨクサムドン)だ。
ソウル市はモデル事業に対する反応がよいとして雰囲気を盛り上げており、もう一方ではオ・セフン市長がフィリピン人家事管理士の最低賃金適用について問題を提起している。オ市長は先月末、国会で開かれた「フィリピン人家事管理士の賃金、何が問題なのか」と題するセミナーに出席し、外国人家事管理士の月の賃金が100万ウォンにも満たない香港とシンガポールを肯定的な例としてあげた。そして「(外国人家事管理士に最低賃金を適用すると)せっかく導入した制度が中途半端になりうる」と述べた。彼らに最低賃金を適用してはならないというのだ。政府与党も、外国人家事管理士の賃金を低く抑えようという意見に歩調を合わせている。
オ市長は、ケアの価値の評価が低いこと、韓国社会の長時間労働、香港とシンガポールで発生している外国人家事管理士に対する人権侵害は語っていない。単に安価な労働力の必要性を語っているだけだ。香港では、40代のフィリピン人家事管理士がベッドに倒れているのが発見されるという事件が2017年4月に起きている。午前3時から夜遅くまで働いていたことによる過労が原因だった。シンガポールの独立研究機関「リサーチ・アクロス・ボーダーズ」の2017年の研究によれば、シンガポールの家事労働者の10人に6人が虐待された経験を持っていた。
このような中、2人のフィリピン人家事管理士が初出勤から2週間後の9月15日に現場を離脱したのは、予見されたことだった。韓国にやって来たフィリピン人家事管理士たちは1人部屋(1.45坪)、2人部屋(1.96坪)で月40万ウォンほどの家賃を払わなければならなかったうえ、賃金に当たる教育手当てが支給日の8月20日に間に合わなかったため、波紋を呼んだ。離脱後には、フィリピン人家事管理士たちが「門限夜10時」、「外泊禁止」などを強いられていたことが明るみに出ている。政府は遅ればせながら対策に乗り出している。
少子高齢化時代に負担が増えるケア領域への移住労働者の流入は、ある意味避けられない。問題は、今回のモデル事業が移住労働者の安い労働力を利用しようという安易な構想から出発していることだ。しかも英語まで流暢な。
「グローリーです。韓国で良い思い出を作りたいです」。今回の事業に参加するグローリー・マシナグさんは、韓国に到着した際にそう言った。公共性の強いケア領域が「価格」だけで語られる中、グローリーさんは果たして良い思い出を作って帰れるだろうか。
チャン・スギョン|全国チーム長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )