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羞恥心まで捨てた尹大統領の拒否権【寄稿】

登録:2024-06-12 07:32 修正:2024-06-12 10:35
イム・ジェソン|弁護士・社会学者
ライフジャケットを着た「海兵隊C上等兵特検拒否権阻止青年緊急行動」所属の青年たちが5月21日午後、ソウル市龍山の大統領室の前で記者会見を開き、尹錫悦大統領の「C上等兵特検法」に対する拒否権行使を批判している=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は再議要求権(拒否権)の王だ。尹大統領は就任から2年ですでに1987年の民主化後で最も多い拒否権を行使した大統領だ(14件)。1位と2位の差も圧倒的だ。2位の盧泰愚(ノ・テウ)元大統領は5年の任期で合計7件の拒否権を行使した。期間を憲政史全体に広げても同様だ。李承晩(イ・スンマン)元大統領が行使した拒否権は45件だが、四捨五入改憲などで延命した李元大統領の任期は10年を超える。尹大統領の現在の在任期間である2年で換算すれば、李元大統領の拒否権も9件にすぎない。

 拒否権は大統領の憲法上の権限だ。誰もが知っている。しかし、誰もが知っていることがもう一つある。その拒否権は例外的かつ慎重に行使しなければならないということだ。三権分立の原則や国会立法権尊重の原則まで行かなくてもいい。歴代大統領のほとんどは、任期中に一桁台程度の拒否権を制限的にしか用いなかった。権限乱用と評されることを心配し(政治的責任)、もう一つの選出権力である国会の立法権をなぜ大統領がけん制しようとしているのかについて慎重に説明(論証責任)した。

 尹大統領の拒否権にはこの二つがない。心配と説明がない。政治的責任と論証責任がない。まず「心配」がない。尹錫悦大統領は先月16日、与党「国民の力」の初当選者との夕食会で「第22代国会で与党の交渉力を高めるため、大統領が持っている権限である拒否権を積極的に活用せよ」という趣旨の発言をしたと報じられた。耳を疑うような話だ。大統領の拒否権は、法案に重大な憲法違反があったり、行政府として執行が不可能だったり、国益に反する自明な理由が存在する場合に正当化される。いや、たとえそうでなくても、政治的責任を守ろうとする大統領としては、少なくともそのような理由があるとして強引にでも主張する。

 尹大統領は、自身の声で立法府の構成員に「特定の政党の交渉力のために拒否権を活用」せよと言った。「法案がこのまま上がる場合は、大統領が拒否権を行使するだろうから修正せよ」と脅迫するよう与党議員に注文したのだ。尹大統領の拒否権からは憲法や国益のような装いさえ消えた。

 次に「説明」がない。大統領が拒否権を行使して差し戻す法律案に添付する「異議書」は、法律の違憲性を争う憲法裁判所の決定文のように、「提出者:大統領」と記載された歴史的かつ憲法的な文書だ。大統領の例外的な権限行使に対する根拠が忠実に記載されていなければならない。

 尹大統領の異議書には嘘がかなり多いことは、広く知られた事実だ。「捜査中の事件に対して特別検事を導入した前例はない」が代表的なものだ。憲法裁判所がすでに合憲だと判断した争点について違憲だと強引に主張する内容もかなりある。尹大統領の異議書には「特別検事の候補者の推薦権が野党にのみあるのは、大統領任命権の侵害であり違憲」と記載されている。しかし憲法裁判所は、いわゆる朴槿恵(パク・クネ)国政壟断特検法事件で、「与党を特別検事候補者の推薦権者から排除し、野党から特別検事候補者を推薦」しても合憲だとした。この2019年の憲法裁判所の判断について一言も言及せず、ただ「共に民主党の推薦は違憲」とするのは、無理強いにすぎない。

 あきれた論理も多い。いわゆる「二つの特検法」(「キム・ゴンヒ女史株価操作疑惑特検法」と「大庄洞(テジャンドン)50億クラブ特検法」)では「不文憲法」が登場した。「特別検事の法律を導入する際に与野党の合意で行うことは、不文憲法からみても問題ない程度の憲法的慣行」だという。2004年に憲法裁判所が「首都がソウルであることが憲法」だとし、「経国大典」や「慣習憲法」などに言及したのと同レベルといえる法的コメディだ。大統領は韓牛産業支援法案にも拒否権を行使したが、その理由は「豚や鶏など他の畜種の飼育農家との公平性が阻害」されるというものだった。韓牛農家が急減している現実、2026年から韓米自由貿易協定(FTA)により米国産牛肉に対する関税が廃止されるという話は一行もない。国会が意味もなしに韓牛産業支援法を制定するというのか。ここまでくると、法案自体に対して全く理解していないことを自白するレベルだ。

 党利党略のための拒否権行使を大統領が自認し、嘘または無理強い水準の論拠で拒否権の行使を正当化する廃虚のなかで、残されるものは純粋な力の暴走だ。国民の力のファン・ウヨ非常対策委員長は5日、「立法独裁が進めば、数百件の拒否権が行使されるだろう」と言った。虚言だとは感じられない。権限乱用に対する一抹の羞恥心さえみられないからだ。

//ハンギョレ新聞社

イム・ジェソン|弁護士・社会学者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1144416.html韓国語原文入力:2024-06-11 21:18
訳M.S

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