2024年に入って、日本の株価(日経平均株価)は上昇を続けて、2月には1989年末につけたバブル崩壊前の最高値を更新した。確かに、企業業績は好調で、株高には根拠があるのだろう。これをもって、日本は失われた30年から脱却したと言いたい人たちもいる。
しかし、GDP成長率は、2023年の6~9月、9~12月の2四半期連続のマイナスであり、2023年のGDPはドイツに抜かれて世界第4位に後退した。実質所得も減少を続けている。物価の上昇に賃金が追いついていないからである。また、2023年に日本で生まれた子供の数は75.8万人と最低を記録し、人口減は初めて80万人を超えた。日本社会の縮小に歯止めはかかっていない。婚姻数は48.9万組で、戦後初めて50万組を下回った。若い人々は日本の未来に希望を持っていないことがわかる。
そもそも、好景気は輸出で儲けている大企業が引っ張っており、好況の原因は円安にある。通貨安は、輸出企業に恩恵をもたらす一方、輸入物価の上昇をもたらし、一般消費者の負担は増える。円安は、2010年代中頃から第2次安倍晋三政権が進めた大規模な金融緩和の「成果」である。しかし、その恩恵がきわめて偏った形で配分されている。
昔はGDPが増えれば賃金も上がり、株価も上昇し、人々は勤めている会社の業種に関係なく生活の豊かさを感じられるという具合に、様々な経済指標が、よきにつけ、悪しきにつけ、同じ方向を向いて動いていた。バブル経済の絶頂期は30年余り前で、私はまだ社会に出たばかりであった。贅沢ができた世代ではないが、それにしても、世の中全体が享楽を追い、浮かれていたことはよく覚えている。
しかし今は、経済指標がバラバラに動く。一つの国に住んで、GDPの産出に加わる人間の間で、ある所には日差しが降り注ぎ、別の所では冷たい雨が降るという形で、異なった効果が及んでいる。株高は資産家をさらに豊かにしている。他方で、都会では無料の食料配布に並ぶ人が増え、能登半島地震の被災者への支援も進んでいない。
好況の恩恵が偏るなら、それを是正し、国民すべてに恩恵が及ぶようにするのが、政府の役割である。富を増やした企業や富裕層から税金を取り、それを恵まれない層に向けることが政策の課題である。しかし、岸田文雄政権はそのような政策を取る使命感を持っていない。この政権が進めるのは、少額投資非課税制度(NISA)を拡大して、一般庶民に株や投資信託の購入を勧めるという政策である。今から株を買うのはいささか出遅れの感があるが、政府は庶民に、あなたも株で儲けようと宣伝している。日本経済が将来に向けて拡大を続けるならば、株に投資するのも利殖の有力な方法であろう。しかし、人口が急速に減る日本で、成長が可能なのか、私には疑問である。
今年が始まってから、日本の政治では自民党による裏金づくりが最大の話題である。先日は、岸田首相が自ら衆議院の政治倫理審査会に出席して、政治とカネに関する疑惑を晴らすべく、説明した。そのことについてはここでは触れない。
株高にもかかわらず岸田政権の支持率は低迷を続けている。自民党内では、岸田首相のもとでは衆議院選挙を戦えないという声が広がっている。岸田首相が党内の反発を抑え込むために、この春から夏にかけて衆議院を解散し、総選挙を行うという観測もあれば、自民党内で岸田降ろしの動きが広がり、若手や女性を新首相に据えてイメージ一新を図るという観測もある。
政局の行方は分からない。確かなことは、株高は日本の経済や社会が陥っている深刻な危機を覆い隠す効果を持ち、政治家は資金疑惑をめぐる国民の批判をかわすために政治の模様替えを図り、問題解決のための貴重な時間を空費しているということである。今年選挙が行われるなら、金の問題も大事だが、日本の社会、経済の立て直しのための政策論争こそ必要である。
山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)