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[コラム]韓国「大統領制」の危険性…30年前の警告が現実化

登録:2023-06-17 06:38 修正:2023-07-01 07:19
韓国大統領制100年、決定的な場面_01
どの政権で民主主義の後退が始まったとみるか?(資料:韓国リサーチ「民主主義の後退に関する世論調査」、調査機関2023年1月)左から15代金大中、16代盧武鉉、17代李明博、18代朴槿恵、19代文在寅、20代尹錫悦//ハンギョレ新聞社

 今から約30年前の1990年、米国イェール大学のホアン・リンス教授は有名なエッセイ「大統領制の危険性」(The perils of presidentialism)で、大統領制が民主主義にふさわしくない弱点を持っていると批判した。大統領と立法府はいずれも選挙で選出されるため、いつでも大統領と議会が対立する可能性があり、大統領がいくら無能であっても決められた任期中に変えることは非常に難しく、一人勝ちの構造で大統領が政治的二極化を煽るというのがリンス教授の主張だった。

 幼い頃にスペイン内戦を直接体験し、民主主義の強固化に関心が高かったリンス教授は、1970~80年代に中南米で大統領制民主主義がクーデターと独裁、腐敗で染まるのを見て、このエッセイを書いた。しかし、その時までは米大統領制は1974年のリチャード・ニクソン大統領の辞任にもかかわらず、比較的安定を維持していたため、リンス教授の懸念は当時、政治学者を除いて大衆的な関心は持たれなかった。ところが2016年、ドナルド・トランプ大統領が政権を握ってから、このエッセイにマスコミと大衆の注目が集まり始めた。トランプ時代には一方的な国政運営と三権分立の侵害、極端な政治対立など大統領制の短所が露呈した。2021年のピュー・リサーチ・センターの調査で、米国は韓国と共に世界で政治的対立が最も深刻な国の共同1位にランクインした。

 米国の政治学者、ジョン・キャリー教授(ダートマス大学)は、2021年2月にニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した文で、このように書いた。「長い間米国で大統領制が堅固に維持されてきたことは、(大統領制に批判的な)リンス教授には挑むべき課題だった。しかし、トランプが彼の退任を望まない大衆を煽って議会を攻撃させた事件は、ほかでもなくリンス教授が懸念したそのような類の対立だった。リンス教授の文には、トランプによってあらわになったその他の多くの影響が書かれている。すなわち、強力な大統領制が独裁的要素を呼び込んだという事実だ」

 米国の大統領制が深刻な問題を抱えている兆候は多い。米国の検察は、今年3月には性的関係について違法な口止めをした疑いで、また6月には機密文書の搬出の疑いで、トランプ前大統領を起訴した。米国で前大統領を刑事起訴したのは初めてのことだ。さらに驚くべきことは、このように起訴された前大統領が大統領選出馬を宣言しており、実際に当選する可能性が低くないという点だ。CBS放送が11日発表した共和党予備選挙の世論調査で、トランプ前大統領は61%の支持を得て党内の他の候補を圧倒した。5月に実施した7つの主要な世論調査の結果を総合すると、前・現大統領の2者対決の場合、トランプ前大統領(45.5%)とジョー・バイデン大統領(43.7%)は熾烈な接戦を繰り広げることが分かった。もしトランプ前大統領が当選したら、彼は自ら自分を赦免する最初の大統領になるだろう。民主主義の法秩序が劇的に崩壊することになる。再選への挑戦を公式宣言したバイデン大統領が、来年の大統領選挙日基準で米国史上最高齢の大統領候補になることも、大統領制の脆弱性を表わす断面だ。

 現在の韓国の状況も大きくは変わらない。韓国は1948年の政府樹立以来、1960年4月から翌年5月16日の軍事クーデターまでの短い内閣責任制の期間を除き、ずっと大統領制を固守してきた。1919年9月に上海臨時政府が大統領制を採択した時代まで遡ると、100年の歴史を持つ。特に、軍部の長期政権に反発した1987年の6月抗争以降は、絶対多数の国民の支持を受け「5年単任(1期限り、任期5年の)大統領直接選挙制」を採択した。その後、1997年12月の大統領選挙で史上初の平和的な政権交代を果たすなど、民主主義が根付いていく様子を示した。度重なる元大統領の拘束にもかかわらず、韓国は米国と共に大統領制の定着を成功させた数少ない国の一つに挙げられた。しかし最近、韓国でも「大統領制民主主義」は深刻な危機にさらされている。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は5月23日の国務会議で、「民主労総の集会でソウル都心の交通が麻痺した。国民の自由と基本権を侵害し公共秩序を乱した集会は国民が容認しがたい」と述べ、厳正な法執行を指示した。政府は直ちに違法の前歴のある団体の集会・デモを制限し、都心で通勤時間帯や夜間の集会・デモを規制すると発表した。「違法の前歴」や「通勤時間帯」というものがどれほど恣意的かは容易に推察できる。「集会・結社の許可制を認めない」という憲法条項を真っ向から否定している。

 尹政権は昨年8月、警察の統制を強化するため、行政安全部に警察局を新設した。法を変えたわけではなく、大統領令(施行令)の改正による便法の職制改編だ。また、検察が直接捜査を始める範囲を6大犯罪から2大犯罪(腐敗、経済犯罪)に縮小した法律案を避けるために、大統領令を改正した。これによって検察の捜査権の範囲は再び広がった。政府は「韓国放送(KBS)」を圧迫するための「受信料分離徴収」も放送法を改正せず施行令を変える形で推し進める考えだという。施行令を活用し、国会で議決された法律を形骸化し回避することは、大統領の権力乱用、すなわち「帝王的大統領」の典型的な現象だ。

 かつては「民主主義の後退=独裁と長期政権」という観点から捉えられてきた。しかし、最近は自由選挙という政治状況の中で民主主義の後退が起きるという現象が、世界中の多くの国で見られる。変形した「選挙権威主義」の出現だ。

尹錫悦大統領が2022年5月10日に国会で開かれた第20代大統領就任式を終え文在寅前大統領と握手している。その後ろに、盧泰愚元大統領の息子ノ・ジェホン氏、金泳三元大統領の息子キム・ヒョンチョル氏、金大中元大統領の息子キム・ホンオプ氏が見える=共同取材写真//ハンギョレ新聞社

 今年1月、韓国リサーチが実施した「民主主義の後退に関する世論調査」の結果は意味深長だった。その結果によると、韓国の民主主義が後退したという主張に共感する回答者の割合は72.3%に達した。特に、金大中(キム・デジュン)政権以降どの政権で民主主義の後退が始まったとみるかという質問に対し、回答者の45.8%が「尹錫悦政権」と答えた。その次は李明博(イ・ミョンバク)政権(28.4%)、朴槿恵(パク・クネ)政権(15.7%)の順だった。文在寅(ムン・ジェイン)政権で民主主義の後退が始まったという回答は6.3%、金大中政権が2.2%、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が1.7%だった。「民主主義が最も後退した政権」を挙げる質問にも、圧倒的1位は尹錫悦政権(57.7%)だった(チ・ビョングン朝鮮大学教授論文『民主主義の後退に関する認識の理念的偏向性』から再引用)。

 大統領制の自己補完と改善能力は、この制度に活力がある時には肯定的に働く。代表的なのが長期政権に対する対応だ。米国の第32代大統領フランクリン・ルーズベルトは4期(1932~1945年)も務め、4期目の任期中に脳出血で死亡した。ある意味「終身大統領」だったわけだ。その後、米議会は大統領職を2期までに制限する憲法改正を行うことで長期政権を退けた。

 韓国にも「終身大統領」がいる。1979年10月26日、宮井洞(クンジョンドン)の秘密家屋で、金在圭(キム・ジェギュ)中央情報部長の銃弾によって死亡した朴正煕(パク・チョンヒ)大統領だ。1961年、軍事クーデターで政権を握った朴正煕は1969年、3選改憲と1972年の維新憲法の制定で終身政権の道を開いた。金在圭は法廷での最終陳述で、「朴大統領は多くの国民が犠牲になっても最後まで(自分の地位を)守り切る人であり、(大統領を)辞める人ではない。それが分かっているからこそ、これ以上手をこまねいて見ているわけにはいかないと思い、その根元を叩き壊した」と話した。

 朴大統領の死去後、軍事クーデターで政権を握った第5共和国の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は、在任7年のあいだ前任者に劣らない強力な権力を振るった。退任後には陰の実力者になることを狙ったが、1987年6月抗争で叶わぬ夢となった。その直後に改正された憲法は「5年単任大統領制」を明文化した。「5年単任制」は1人が長期にわたり政権を握る可能性を予め防止し、平和的に政権交代を成し遂げる重要な基盤となった。大統領制の自浄能力を示す事例だ。

 強力な大統領ほど独裁または政権継続の誘惑に陥りやすい。しかし冷静にみれば「強力な大統領」が原因で大統領制が危うくなるわけではない。最近、大統領制が民主主義の活力を低下させているのは、大統領という地位に就くと任期があることを忘れ、今すぐ行使できる権力の強烈さに酔いしれるためだ。その点で尹錫悦大統領が大統領候補時代に(文政権に)言い放った「任期5年など高が知れているのに、あまりにも怖いもの知らず」という発言は、権力の刹那的属性をよく捉えている。権力は退く瞬間まですべてを圧倒できるという錯覚を呼び起こす。そのような錯覚が民主主義の後退を招き、大統領制の肯定的な側面を著しく低下させる。今後、韓国大統領制の主要な場面を振り返りながら、「大統領制民主主義」の活力を取り戻す案を模索してみる。

//ハンギョレ新聞社
パク・チャンス大記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1095779.html韓国語原文入力:2023-06-15 10:32
訳H.J

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