2000年代に入ってから、中南米ではしばらく左派の波が激しかった。1999年のベネズエラのウゴ・チャベス大統領を皮切りに、ブラジルが2003年、ボリビアとチリが2006年、エクアドルとアルゼンチンが2007年と、左派が相次いで政権に就いた。当時、一部は「米州ボリバル同盟(ALBA)」を結成して協力しつつ、新たな道を模索した。2013年からは、チャベスの死去とともに衰退の道に入った。そして今、中南米では左派の新たな浮上が注目されている。
ペルーの大統領選挙では、主要産業の国有化拡大や大規模増税などを掲げた急進左派系のペドロ・カスティーヨ候補が決選投票に勝ち進んだことで関心が集まった。彼は右派のケイコ・フジモリ候補を退けて1位を獲得する勢いを見せている。ブラジルでは、チャベスとともに左派ブームを象徴したルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領が、来年10月の大統領選挙を前に支持率1位を記録している。メキシコとアルゼンチンでは左派が政権を握っている。
今後特に注目すべき選挙は、11月のチリ大統領選挙だ。共産党所属のダニエル・ハドゥエ区長が候補支持率1位を争っている。保守的とされるチリでは、共産党はこれまで少数政党にとどまっていた。しかし、2019年末の大規模デモと最近の変化は、チリが政治的に安定的かつ保守的という神話を打ち破った。共産党所属だが、候補個人の知名度と人気が高く、左派連合候補として立てば当選の可能性は排除できない。5月の制憲議会選挙では既成政治勢力が惨敗し、無所属に強い風が吹いている。コロナ危機の中で、国民は国の役割を拡大するという、より果敢な変化を望み、左派の路線と接近している。
チリはサルバドール・アジェンデ大統領が1970年に世界で初めて選挙で社会主義政権を樹立した国だ。もう一方では、アウグスト・ピノチェトが起こしたクーデターの傷が残っている。そのクーデターの口実となったのが、社会主義政権が発足してからの、米国の工作も重なった社会的混乱だった。経済危機による大混乱とクーデター、その後の独裁と人権弾圧は、旧世代には恐怖とトラウマとして残っている。
これに対し右派は「チリズエラ」を懸念し、10年近く区長を務めたハドゥエと共産党に対して「アカ」攻勢を始めた。右派のフランシスコ・チャウアン上院議員は最近、「極左の赤い津波」を防がねばならないと攻撃した。「知らない悪魔より知っている悪魔の方がまし」ということわざのように、中道層がハドゥエではなく右派候補に投票する可能性も考えられる。そのため共産党陣営は「国有化の波やアジェンデのモデルを再び履行することは誰も考えていない」と安心させている。
2000年代初めに中南米で浮上した左派は、それなりの意味ある試みと成果にもかかわらず、代案としての位置にはつけなかった。むしろニコラス・マドゥロ大統領が率いるベネズエラは失敗例になってしまった。ペルーではフジモリ候補とその支持者たちが「ペルーがベネズエラのようになることがあってはならない」とカスティーヨ候補を攻撃している。深刻な貧困や不平等、麻薬や犯罪などは、どれ一つ容易ではない構造的問題だ。しかし左派もまた、安定した国家発展の基礎を新たに築けなかった責任を既得権勢力の抵抗のせいばかりにすることは困難だ。そのうえ、多くの左派指導者は長期に政権を握り続けるために憲法にすら手をつけ、不正腐敗容疑で法廷に立たされた。
左派か右派かよりも、誰がコロナ危機でさらに切迫した国民の生活を安定させるかの方が重要だ。中南米において左派の時代は再びやって来るのだろうか。一時的な政権獲得より必要なのは、より良い暮らしを保障する変化を立証し、持続可能な代案勢力としての位置を固めることだ。
キム・スンベ|チリ中央大学比較韓国学研究所長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )