「イラン核開発の父」と呼ばれるモフセン・ファクリザデ氏の暗殺は、朝鮮半島の問題だ。
この事件は、米国のジョー・バイデン次期政権の外交を阻止するのが目的だというのが、米国の分析筋の一致した意見だ。バイデン氏は、就任すればドナルド・トランプ大統領が一方的に脱退したイラン核合意「包括的共同行動計画(JCPOA)」に米国を復帰させると公約した。バイデン氏のチームはまた、イラン核合意が北朝鮮核問題を扱う基準となるだろうと述べている。
バイデンは今年初め、「ワシントン・ポスト」との会見で「私は大統領として、北朝鮮を含む新たな時代の軍縮協定を新たに公約しようと考えている」とし「イラン核合意はイランの核兵器保有を防ぎ、効果的な交渉の青写真を提示する」と述べている。トニー・ブリンケン次期国務長官は「ニューヨーク・タイムズ」への複数の寄稿で「イラン核合意を粉々にする代わりに、トランプはその基本的な枠組みを北朝鮮に適用しなければならない」「我々がイランとしたように、北朝鮮の核計画を凍結した後で核開発を漸進的に放棄させる合意だけが残る」と述べている。
バイデン政権にとって、イラン核合意の復元は北朝鮮核交渉へと進むための手順だ。バイデン氏が米国をイラン核合意に復帰させようとするのは、北朝鮮の核問題だけが理由ではない。バイデン氏が外交安保チームの陣容を発表する際に述べた「米国が戻ってきた」が、彼の対外政策基調の土台だからだ。孤立的一方主義が本質のトランプの「アメリカ・ファースト」で傷ついた同盟と米国の指導力を回復するにあたって、イラン核合意の復元はその試金石だ。
イラン核合意は中国、ロシア、ドイツ、英国、フランス、欧州連合も参加した国際協定だ。トランプの一方的な破棄にもかかわらず、その他の国は依然として協定順守を誓っている。もし米国がイラン核合意に復帰できなければ、バイデン氏が述べた「米国が戻ってきた」も空念仏にすぎなくなる。だが、イラン核合意復帰への道は遠く険しい。
トランプが同合意を破棄したことからも分かるように、米国内外では同合意を破棄し、イランとの敵対関係を続けようとする勢力が健在だ。ジョン・ボルトン前国家安保担当大統領補佐官はトランプに追い出されはしたものの、トランプと唯一相性が合ったのがこの協定の破棄と対イラン強硬策だった。ワシントンでは共和党系の保守的人物なら、ほぼイランとの関係正常化に反対する。その背後には軍産複合体の利害が隠れている。
イスラエルやサウジアラビアなど中東の同盟国もある。米国政界が「親イスラエル」のユダヤ人団体の顔色をうかがっているのは言うまでもない。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授とハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授は2007年、「イスラエル・ロビーと米国の対外政策」という文章で「米国の対外政策は、米国の国益ではなくイスラエルの国益を追求する」と主張し、大きな反響を呼んだ。米国内で政治的影響力を拡大するキリスト教福音主義教団もある。彼らにとってイスラエルは善であり、イランは悪なのだ。
ファクリザデ氏の暗殺はイスラエルのモサドによる犯行で、バイデン外交に対するサボタージュであることは公然の事実であるにもかかわらず、バイデン陣営と米国の政界は沈黙している。激しい拒否勢力があちこちで出没するイラン核合意復帰に、バイデン政権が外交力を使い果たしてしまうのではないかと非常に懸念される。
中東は、朝鮮半島の石油価格だけに影響を与えるわけではない。中東と朝鮮半島は連動する。ビル・クリントン政権末期の2000年、マデレーン・オルブライト国務長官(当時)が訪朝し、朝米国交正常化などをクリントンの訪朝で一括妥結することに合意した。しかし、クリントン元大統領は北朝鮮に行けなかった。同年7月にキャンプデービッド中東和平会談が破局を迎え、パレスチナ独立国家を約束したオスロ和平合意が破たんしていたからだ。退任後、韓国を訪れたクリントン元大統領は、訪朝して北朝鮮の核問題を解決しなければならなかったが、中東情勢に足を引っ張られたと残念がった。
ジョージ・ブッシュ政権もイラクとイランを標的とした「悪の枢軸」に北朝鮮を組み入れ、北朝鮮との無限対決が一時続いた。北朝鮮問題を事実上放置してきたバラク・オバマ政権の「戦略的忍耐」も、実はイラン核合意など中東問題に外交力を使わねばならなかったことの結果に過ぎなかった。
米-イランの核合意復元は、韓国の影響力外の問題かもしれない。イラン核合意への復帰にかかり切りにならざるを得ないバイデン政権に、南北関係の改善を通じて北朝鮮核問題を安定化させることは韓国の役割だ。バイデン政権が北朝鮮との交渉で使う外交力を節約するための環境づくりでもある。危機はチャンスでもある。
チョン・ウィギル|国際部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )