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[寄稿]あなたに踏みにじられない権利

登録:2020-01-07 21:23 修正:2020-01-08 10:38
イラスト//ハンギョレ新聞社

 「若者の75%が“韓国を離れたい”」昨年12月16日付ハンギョレに掲載された記事のタイトルだ。ところで、韓国女性政策研究院の第119回性平等政策フォーラム発表資料「若者観点のジェンダー葛藤診断と包容国家のための政策対応案研究:公正認識に対するジェンダー分析」を扱ったこの記事は、英語版で翻訳された後、意外にもロシアのメディアの反応を呼んだ。複数のロシアのメディアがこのニュースを理解できないという論調で伝えた。韓国の平均年俸は約3万ドルで、ロシアは1万ドル未満だ。そのうえ、韓国人が享受する表現・集会の自由を多くのロシアの若者たちは羨んでいる。政府の統制を受けるメディアでは、このような話を遠慮なくできないほどだ。にもかかわらず、75%もの若者が移民したいというとは、とうてい納得が行かないという表情だった。参考までに、最近の世論調査によれば移民を希望するロシアの若者の割合は41%程度だ。事実、若者の約3~5割がより裕福な西欧や北欧に行きたがるのは、相対的に貧しい南・東欧では普通のことだ。これを念頭に置けば、相対的な高賃金国家である大韓民国の若者の“ヘル(地獄)朝鮮脱出ブーム”は確かに不可解だ。

 もちろんこの“不可解”は、社会・経済的要因である程度の説明が可能だ。いくら高賃金社会だとしても、賃金以上に特にソウルの住居価格や私教育の費用の方がはるかに速く上がる。下位20%の低所得者ならば、全所得を貯蓄したとしても庶民用住宅を用意するには21年も要する社会では、まだマイホームを持たない若者たちが未来を見通すことができようか? あちこちでアルバイトをし就職準備に余念がなく、結婚、育児どころか恋愛さえも“贅沢”と見えてしまう若者たちに、この“三放”(恋愛、結婚、育児の放棄)社会を離れたい心が起きないとすれば、そっちの方がよほど異常だろう。この社会でそれなりに老後と職場の安定性が保障された公務員と大企業の職員は、全体被雇用者の2割にもならない。「未来が保障された」これらの人々でさえも、たびたび過労死に遭うほどの激務に苦しめられたりもする。中小企業に通ったり、自営業に追い立てられた残りの韓国人の人生は一体どうだろうか? それこそ不安の地獄だ。肩書きは正社員であっても、会社がいつ潰れるかも知れない状況で、それに何の意味があるだろうか。こういうことなら自然に脱出を夢見ることにならないだろうか。

 しかし、それでも何かまだ釈然としない。韓国が“地獄”だと言っても、新自由主義で同じように疲労している他の世界は果たして無風地帯だろうか? この間フランスの路上で激しい市街戦を繰り広げた“黄色いチョッキ”の相当数は、月に約1千ユーロ(約12万円)でかろうじてからだに必要な栄養を摂取して、未来に対するいかなる約束もなく生きていかなければならない新興貧困層だった。韓国人観光客があれほど好きなロマンの都パリは、もしその衛星都市まで含めて計算すれば貧困率が実に40%にもなる。ロンドンの貧困率は27%だ。他国へ移住すると言っても“ヘルアメリカ”や“ヘルドイツ”で経済的に苦労しないだろうという保障はない。そこに人種差別などのリスク要素を加算しなければならない。韓国メディアは、移民の失敗談や移民の失敗を扱う警告性の記事を大量に送りだす。それでも若者の75%が韓国を離れたがるならば、また別の要因があると見なければならない。反移民情緒がますます強まる新自由主義の危機の中で激しく揺れる“外国”に韓国の若者たちを追い出すその力とは、果たして何なのか。

 人間の基本欲求の一つは尊厳性に対する欲求だ。腹がへればご飯を食べ、寒ければ服を着て、孤独な時には誰かとともに過ごして危険や攻撃からの保護を受けたがるのと同様に、自尊心を守りながら暮らしたい気持ちが強いということだ。事実、朝鮮独立に対する政治的熱望に劣らず、植民地の現実の中で被植民地の民として受けざるを得なかった日常的侮辱こそが独立運動のきわめて重要な動機であった。「朝鮮義勇隊の最後の分隊長」金学鉄(キム・ハクチョル)先生(1916~2001)に関する有名なエピソードがある。文学少年だった彼は、日本人の集団居住地である黄金町(現在の明洞(ミョンドン))の日本書店で日本の小説を買って出てくると、街頭で日本人巡査に“本泥棒”にされたことがあった。朝鮮の青年が日本の小説を簡単に読めるということを、その巡査は信じようとしなかった。結局、書店の職員が本を正式に購入したという事実を証明して、金学鉄は解放されたが、日本人巡査は謝りもしなかった。この侮辱を決して忘れることも許すこともできなかった金学鉄は、ほどなくして上海に渡り武装独立運動の道を志願したのだ。それなりに裕福な家の子息で、名門の普成高等普通学校に通った彼は、日帝統治下でも現実的にはいくらでも楽に暮らすことができたが、侮辱を辛抱して生きることを彼の自尊心が許さなかった。人間は暮らしのためにも時には命を賭けて危険なことをするが、自尊心を守るためにも生命を投げ出しうる。

 ところが、賃金水準もかなり高く、表現や集会の自由も幸い勝ち取ることのできたこの大韓民国で、臥薪嘗胆するように各種の不快を甘受しなくとも良く、被雇用者の自尊心をちゃんと守ってくれる職場は、果たしてどれ程あるだろうか。統計を信じるならば、さほど多くない。2019年7月1日に報道されたインクルート社の調査によれば、会社員の64.3%も職場での各種のパワハラに苦しんでおり、そのパターンは暴言、侮辱から私的な用務指示、仲間外しまで、非常に多様だった。職場内いじめ禁止法が施行されても、会社員回答者の60.8%が「パワハラは変わっていない」と感じていると報道された。ここで言うパワハラとは、相当な精神的被害をもたらしうる深刻な人格権の侵害を指す。パワハラとまでは言わなくとも、上司が権威主義的態度で部下の職員を心理的に押さえ込んでいると感じられる職場まで含めれば、どうなるだろうか。おそらく、大韓民国の会社員の8~9割が被害者だと見なければならなくなる。この部分こそ、若者たちの“脱出”願望を最も強くそそのかしているのではなかろうか。

 若者たちがこの国を離れたがる多くの理由のうちの一つは、彼らが年長者、権力者に日常的に踏まれて生きたくないと考えるためだ。人種差別は怖いが、同じ国籍の権力者に自尊心を踏みにじられる痛みは、その恐怖以上に大きいかもしれない。人が人を踏んで通う職場の雰囲気を変えるには、労働者の経営参加など職場の民主化が切実に必要だ。職場が民主化されない限り、若者の韓国脱出の行列は今後も続くだろう。

//ハンギョレ新聞社
パク・ノジャ・ノルウェーオスロ大学教授・韓国学 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/923553.html韓国語原文入力:2020-01-07 19:30
訳J.S

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