南と北は朝鮮戦争という未曾有の惨事を体験し、反共と反米という憎悪のイデオロギーで武装した。ベトナム民間人に対する韓国軍の虐殺は、反共イデオロギーが持つ憎しみの発露だった。この憎しみを遡れば、1948年済州(チェジュ)4・3の悲劇と出会う。
ベトナムを訪問した文在寅(ムン・ジェイン)大統領は3月23日、韓国軍のベトナム戦争参戦と民間人虐殺について謝った。金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領に続く3回目の謝罪だ。文大統領は、公開的で明確な謝罪をしようとしたが、ベトナム政府が同族間の争いなど内部問題の浮上を憂慮して、謝罪の強度を大幅に低くしたと伝えられた。現代史には残酷な戦争が多かったが、ベトナム戦争がスペイン戦争と共に「人類の良心に付けられた傷」と呼ばれてきた理由と、戦争が終わるとすぐに慰霊記念建造物を作って捧げることを厳粛な義務と考えてきた米国民がベトナム戦没将兵に対してだけは10年間記念碑さえ立てることを敬遠した理由を知るためには、ベトナム戦争の根元を覗いて見なければならない。
北ベトナムと人民解放戦線の指導層の大部分がフランスの植民政権に抵抗した民族運動家であった反面、南ベトナムの指導層は植民政権の官吏や軍人出身が大部分だった。米国の「ベトナム平定計画」首席顧問官だったジョン・ポール・ヴァンは「南ベトナム政府が大衆的政治基盤を持ちえなかった理由は、フランス植民政府体制を継承したため」と話した。ベトナムの大多数の国民が、人民解放戦線と北ベトナムの路線を支持したのは、彼らが共産主義者だったためではなく民族解放を願ったためだった。したがって米国と南ベトナムは、北ベトナムと人民解放戦線を相手に戦うのでなく、大多数のベトナム人と戦わなければならなかった。非武装の民間人さえも標的だったのだ。戦争が残酷にならざるをえなかった理由はここにあった。
1969年夏、米空軍はメコンデルタにあるキエノアを集中爆撃した。爆撃後、9師団の武装ヘリコプター50機を隅々まで探した。射撃目標は目に見えるすべての人間だった。日本の朝日新聞特派員だった本多勝一はそれを「アジア人狩り」と表現した。公式記録によれば“敵”の死亡者数が1万899人なのに対し、捕獲された武器は748丁に過ぎなかった。
ベトナム語に堪能な米国人クエーカー教徒のダイアンとマイケル・ジョーンズは、5年間韓国軍作戦地域で集中調査した結果、米海兵が個人用兵器で100人に近い民間人を虐殺したミーライ事件(ソンミ村虐殺事件)と似た規模の虐殺事件を12件明らかにした。小規模な虐殺事件はこれよりはるかに多く、虐殺の犠牲者はほとんどが女性・子ども・老人だった。ニューヨークタイムズのロバート・スミス記者は「同盟軍にまかせたベトナム殺人」というタイトルの記事で「韓国軍は自分たちが占領した村で、無条件に10分の1の民間人を射殺する」と書いた。ある韓国軍将校は「水を汲み出し魚を獲ることが自分たちの戦術」と記者に話した。水とは民間人であり、魚は共産主義者であった。
マッカーシズムとベトナム戦争に表象される米国の冷戦イデオロギーは、米国中心主義追求の理念的根拠であった。それが最初に適用されたのは朝鮮半島であった。米国とソ連の覇権主義的対立の中で、南と北は朝鮮戦争という未曾有の惨事を体験し、反共と反米という憎悪のイデオロギーで武装した。ベトナムの民間人に対する韓国軍の虐殺は、反共イデオロギーが持つ憎しみの発露だった。この憎しみを遡れば、1948年の済州(チェジュ)4・3の悲劇と出会う。記録によれば、当時軍警討伐隊が把握した武装済州道民の数は500人余りに過ぎなかったが、虐殺された人は少なくとも3万人以上だった。米軍のある報告書は、討伐成功の理由を「民間人大量殺戮計画」に求めた。ベトナム戦争を凝視する行為は、すなわち冷戦の衝突地点である朝鮮半島の悲劇を凝視する行為である。
2014年3月7日、韓国挺身隊問題対策協議会は、3・8世界女性デーおよび「ナビ(蝶々)基金」発足2周年記念記者会見で「韓国政府は今からでもベトナム戦争時期の韓国軍による民間人虐殺と性暴行犯罪に対する真実を明らかにし、それが戦争犯罪であることを明確に認め、虐殺被害者とその遺族に謝罪せよ」と要求し、「日本政府に戦争犯罪責任を問うてきた挺身隊対策協が、ベトナムで行った韓国軍の過ちを悔いようと声を上げるのは当然のこと」と述べた。
2017年7月25日には「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」が、第1回キル・ウォンオク女性平和賞受賞者として、ベトナム戦争当時の韓国軍による民間人虐殺事件を韓国国内に最初に知らせたク・スジョン韓ベ平和財団常任理事を選定した。「キル・ウォンオク女性平和賞」は、日本軍慰安婦被害者であるキル・ウォンオクさんが「第1回梨花キリスト女性平和賞」の受賞者に選ばれて受け取った賞金100万ウォンを種基金にして制定された。ベトナム戦争を凝視する行為は、人類の最も大きな罪悪である戦争自体を凝視する行為である。