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[コラム]ジェントルマンにも怒らなければならない時がある

登録:2018-01-01 23:16 修正:2018-01-02 07:36

 時には、公開的で断固たる姿を見せることも必要だ。そこからさらに一歩進んで、腹を立ててでも戦争の話ができないようにしなければならない。今は平昌(ピョンチャン)五輪の成功のためにでも、米国発の先制攻撃論を静めなければならない。ジェントルマンにも怒らなければならない時がある。

 2018年の新年を迎える今日、戦争の火薬の臭いが朝鮮半島周辺に漂っている。想像したくないが、議論のために朝鮮半島で戦争が起きる場合を確かめてみよう。二種類ある。第一に、休戦ラインで起きる南北間の偶発的衝突が全面戦争に飛び火する場合だ。これは、停戦以後60余年間、南北が休戦ラインで大小の衝突を繰り返しながらも、全面戦争につながることを回避する慣性を蓄積してきたので、可能性は低い。そして文在寅(ムン・ジェイン)政府は、休戦ラインを以前より相対的に安定的に管理している。

 第二に、北朝鮮の核ミサイルが米国本土を攻撃できる状況を事前に阻止するため、米国が北朝鮮の核施設に先制攻撃を加えて発生する戦争だ。この場合は、北朝鮮が米軍基地に対する報復を名分として韓国を攻撃し、全面戦争に拡大する可能性が非常に高い。一部では、北朝鮮軍が戦力上の絶対劣勢を認識しているので、韓国攻撃を敢行することはできないと主張するが、核兵器の開発を通じて絶対権力を構築してきた金正恩(キム・ジョンウン)政権が米国の攻撃により核施設を喪失しても抵抗できないならば、自ら政権の消滅を宣言することも同じなので、おそらく戦争を選ぶだろう。おそらくこの戦争が終わるとすれば韓米連合軍の勝利で終結するだろうが、途中で国際社会の仲裁により再び休戦で結末を見る可能性も排除はできない。

 そして戦争がどちらに帰結しようが、核兵器を含め相手方を破壊してなおあまりある驚くべき兵器が戦争序盤に動員されて、南北朝鮮が焦土と化してしまうだろう。それで米国の立場から見れば、北朝鮮先制攻撃は自身に大きい被害が及ばない予防戦争かもしれないが、韓国人の立場から見れば、ドイツの宰相ビスマルクの話のように「死が恐ろしくて自殺するまぬけな行為」でしかない。

 ところが最近、米国の対北朝鮮先制攻撃の可能性は心配なほどしばしば議論されている。一部の米高位関係者らが、米国の安全保護という名分の下に戦争不可避論を焚きつけ、今や米国の官民ははばかりなく戦争を口にする雰囲気になった。そのうえ、外信は米国が北朝鮮に対する軍事攻撃計画を準備しているとか、数カ月以内に先制攻撃をする可能性が高いという報道を流している。

 先月、韓中首脳が「朝鮮半島での戦争は絶対に容認できない」という原則に合意したが、ここにも米国の対北朝鮮先制攻撃に対する憂慮が感じられる。文在寅大統領と習近平主席は、この間トランプ大統領との首脳会談や電話通話を通じて、しばしば意見を交換してきた。おそらく二人の指導者は、トランプから対北朝鮮軍事攻撃の意向を頻繁に聞いただろうし、その度に憂慮を伝え反対してきただろう。

 しかし、トランプがその憂慮を傾聴したわけもない。そこで“絶対”という断固たる表現を使いながら、戦争を容認しないと公開的に明らかにしたのではないだろうか?第1次世界大戦の原因と背景を扱った『落ち葉が散る前に』の著者であるキム・ジョンソプ博士は、この大戦を「誤った信頼のために起きた不必要な戦争」だったと規定する。彼は「防御が有利だったのに、先制攻撃の誘惑と恐怖に屈服し、衝突が避けられないことはなかったのに戦争を宿命のように受け入れ、力を通じて平和を守ろうとしただけだが、まさにこうした抑制努力のために抑制が崩れたのが第1次世界大戦」だったと私たちに訴えた。「恐るべき報復能力を保有した南北朝鮮双方間にはすでに恐怖の均衡が作動しているので、先制攻撃の有不利を問い詰める構造ではない」という彼の指摘も傾聴に値する。

 韓国国民にとって文在寅大統領のイメージは、冷静で温和で礼儀正しい人だ。一言で言ってジェントルマンだ。そのためか、対米外交でも大声で騒ぎたてるというよりは、静かに円満に妥協と折衷点を求める傾向を見せる。ところが、その方式は成果も収めているが、超強大国外交では相手の説得が難しく、かえって言いなりになる状況を生んだりもする。それで時には、公開的で断固たる姿を見せることも必要だ。

イ・ジョンソク元統一部長官・世宗研究所首席研究委員//ハンギョレ新聞社

 私たちは、文大統領の「戦争絶対不容認」宣言の中にそのような姿を見た。しかしそこからさらに一歩進んで、腹を立ててでも戦争の話ができないようにしなければならない。参謀も過度におとなしくしているのではなく、前に出なければならない。それで今は平昌五輪の成功開催のためにでも、米国発の先制攻撃論を静めなければならない。ジェントルマンにも怒らなければならない時がある。抱擁して微笑を浮かべることだけが外交ではない。時には、自身の決然とした意志を見せるため、怒ることが立派な外交でありうる。

イ・ジョンソク元統一部長官・世宗研究所首席研究委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/825747.html韓国語原文入力:2018-01-01 10:34
訳J.S

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