約20年前、ハッケンサックにあるレストランのオーナーにすがっていたハン・ソンニョルと北朝鮮の切迫さに、米国がちゃんと対処していれば、現在のような状況にはならなかったかもしれない。20年前も今も、北朝鮮は生存のためにもがいているだけだ。
「米国で最も尊敬する人物は誰ですか?」「ドナルド・トランプ!」
ロバート・イーガンとジムで運動をしていたハン・ソンニョル当時国連駐在次席大使は、躊躇うことなく答えた。質問をしたイーガンも、ハン大使の答えをすでに知っていた。
2人は車のなかでトランプについてよく話していた。当時はトランプの全盛期だった。彼らの車が通っていたニューヨーク市内のトランプタワーをはじめ、マンハッタンでアトランティックシティまで巨大なトランプビルが並んでいた。
1998年初頭だった。当時、北朝鮮は「苦難の行軍」時代から抜け出せずにいた。貧しく孤立無援の国から来た外交官にとって、トランプは間違いなく畏敬の対象だった。
米国ニュージャージー州のハッケンサックでバーベキューレストラン「カビース」(Cubby's)を経営するロバート・イーガン(Robert Egan)は2010年、『敵との食事』(『 Eating With the Enemy 』Kurt Pitzerとの共著)という本を出版した。平凡な米国人イーガンと最高敵性国の北朝鮮の外交官であるハン・ソンニョルの交流、米国と北朝鮮の接触を仲介しようとする彼の努力を盛り込んだ同書は、当時マスコミにも紹介されて話題を呼んだ。
ハン・ソンニョル次席大使がイーガンを始めて訪ねてきたのは1993年だった。北朝鮮が核不拡散条約(NPT)を脱退し、本格的に北朝鮮の核危機が始まった時期だった。
ハッケンサックのやくざ者として成長したが愛国主義性向を持っていたイーガンは、ベトナムに抑留された米軍捕虜の釈放に関与し、その過程でベトナム外交官の米国亡命にも力を貸した。ハン大使が彼を訪ねたのは、米国との関係の構築のために、わらにもすがろうとする北朝鮮の切実さの表れだった。
2人はすぐに意気投合した。「庶民的感性を共有していたため、私たちはすぐに打ち解けた。私は北朝鮮外交官らを『ブルーカラー(労働者)外交官』と呼び、彼らは私を『バーベキュー外交官』と呼んでいた」
イーガンは、ハン大使ら北朝鮮外交官たちの米国生活を助けた。釣りや運動も一緒にしていた。イーガンは、ペンシルバニア州上院議員を連れて北朝鮮を訪問するなど、合わせて4回も訪朝し、北朝鮮に対する人道的支援事業を模索した。
2001年に発足したジョージ・ブッシュ政権は北朝鮮を圧迫し、軍事的侵攻もあり得ると脅した。ハン大使はイーガン氏の仲介で、ニューヨークタイムズ紙の記者フィリップ・セノン氏とのインタビューを行い、米国との対話再開に成功した。ハン大使は2002年のインタビューで、「北朝鮮は核兵器を放棄できる」と明らかにすることで、米朝対話に向けた道を開いた。これはブッシュ政権末期に米朝平和協定の議論にまでつながった。
連邦捜査局(FBI)は2人の関係を利用して、北朝鮮外交官の人体情報を収集したりもしたが、北朝鮮はそれに目を瞑り、イーガン氏との関係を維持した。
ハン・ソンニョルはもう外務次官となり、事実上、北朝鮮の外交を指揮している。米国で最も尊敬する人物はトランプと言っていた彼は、今年4月14日に行ったAP通信とのインタビューで、「トランプは常に攻撃的な言葉で挑発してくる」と(彼を)非難した。北朝鮮が核を放棄できると言った彼は、「私たちはすでに強力な核抑止力を保有しており、米国が先制攻撃を加える場合は、手をこまねいて見ているわけにはいかないだろう」とし、「先制攻撃で対応する」と述べた。
20年余りの歳月が流れた。もはやトランプはハン・ソンニョルが最も尊敬する人物ではなくなり、北朝鮮が放棄できると言っていた核は米国を脅かす北朝鮮の抑止力兵器になったのだろうか? そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
約20年前、ハッケンサックにあるレストランのオーナーにすがっていたハン・ソンニョルと北朝鮮の切迫さに、米国がちゃんと対処していれば、現在のような状況にはならなかったかもしれない。20年前も今も、北朝鮮は生存のためにもがいているだけだ。
ドナルド・トランプ米大統領は、北朝鮮に最大の圧迫を加えているが、最大の関与も標榜している。そして「金正恩(キム・ジョンウン)とハンバーガーを食べながら対話することもあり得る」と話した。トランプを尊敬するといったハン・ソンニョルの言葉は本気であり、今もそのはずだ。
文在寅(ムン・ジェイン)政権が掲げる朝鮮半島問題の主導権には米朝対話における韓国の触媒の役割も含まれる。ハッケンサックのカビースのバーベキュー・ハンバーガーが、米朝対話のテーブルに置かれるようにしなければならない。
*同コラムを書くにあたって、2000年代に第一企画のニューヨーク駐在員としてカビースによく通っていたパク・ジェハン氏(マーケティング・コンサルタント)に力を貸してもらった。トランプ大統領就任後、イーガン氏の本を読み直した彼は、自分が経験したイーガン氏とのエピソードを伝えてくれた。彼のブログ(blog.naver.com/jaehangpark)も参考になった。