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[寄稿]アメリカ大統領選挙の衝撃

 米国大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝利が世界を揺るがしている。民主主義あるいは文明社会が依拠する建前を徹底的に冷笑し、特定集団に対する差別やいじめを公言した人物が、常識的メディアで顰蹙を買いながら勝利したことは、政治の未来に暗い影を投げかける。アメリカの最大の建前は、例えば独立宣言の次の言葉である。「すべての人間(all men)は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている。」実際の世の中には格差や不平等が満ちており、建前と現実が食い違うことは誰でも知っている。しかし、市民革命を戦った人々は、あえて人間が平等であるとみなし、対等な人間同士として政治に参加するという仕組みを作った。そして、当初は財産と教養を持つ白人男性だけを意味した人間(men)を、労働者、女性さらには異なる人種に拡張し、自由、平等、尊厳といった建前を普遍化したのが、民主主義の歴史であった。

 建前の恩恵を受ける新参者が増えると、かつての社会の主流派の一部は自由や尊厳を自分たちだけの特権にとどめようと反発するようになった。トランプという人物は、そうした建前への飽きを体現している。度重なる差別発言が彼の政治生命を奪うどころか、人々の欲求不満を晴らしたことは、米国社会の病理の現れである。(閣僚が「土人」発言を擁護する我が国は、米国を批判できた柄ではないのだが。)トランプ大統領の誕生は、差別やいじめを面白がる劣情の表出を促進することになると憂慮する。建前を否定すれば、民主主義は立ち行かなくなる。

 批判だけではなく、米国民がトランプを選んだ事情を考えることは、民主主義の危機を乗り越えるために不可欠である。トランプ、クリントンの得票は、それぞれ5991万、6028万で、4年前のロムニー、オバマの得票は、6093万と6591万だった。これを見れば、トランプの勝利というより、クリントンの敗北といった方が的確だろう。そして、特に敗因となったのは、五大湖周辺のかつての工業地帯、ペンシルベニア、オハイオ、ウィスコンシンで敗れたことである。かつて民主党を支持した白人のブルーカラー層の多くが今回は棄権したか、トランプに投票した。その理由は単純である。ビル・クリントンの時代から始まった規制緩和と金融資本主義の膨張、NAFTA(北米自由貿易協定)を始めとするグローバル化は、生産拠点の移動、製造業の安定的雇用に代わるサービス業における劣悪な雇用の増加、さらに金融危機をもたらした。ウォール街から巨額の献金をもらうヒラリー・クリントンが率いる民主党はもはや労働者の党ではなくなった。クリントンは経済政策に関して十分左に寄らなかったから負けたのである。労働者は、大富豪ながら庶民に寄り添う姿勢を見せるトランプに投票することで鬱憤を晴らしたわけである。

山口二郎・法政大学法学科教授 //ハンギョレ新聞社

 もちろん、トランプ政権はビジネス優遇の政策を取るだろうから、留飲を下したはずの市民はすぐに裏切られるだろう。国内の不満をかわすために、政権は外に敵を作るという安易な手法を多用するに違いない。

 安定した生活や雇用を失った人々が、扇動的政治家に期待をつなぎ、民主主義を破壊するという危険は日本や韓国にも潜在している。日本の場合すでにその兆候は表れているともいえる。人間の尊厳を守るという理念を唱え続けることも重要だが、人々の生活を支えるための積極的な社会経済政策を打ち出すことも急務である。特に野党の任務は重大である。

山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-11-20 16:18

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/771134.html 原文:

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