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[寄稿] “公共病院の患者の命の値段はいくらですか”

登録:2013-04-12 09:08 修正:2013-04-13 14:41
劣悪な現実を吐露した医師の手紙
イ・ポラ ソウル市東部病院内科科長

 私は晋州(チンジュ)医療院と同じ公共病院に勤めて1年ほどの内科専門医です。 以前はこの病院と同程度の規模の民間病院で3年勤め、公共医療が重要だと口で言ってばかりいないで実際に公共医療のために仕事をしてみようという考えで、給与が減ることを覚悟で今の病院に移ってきました。

 この病院で仕事をしながら体験する最も特徴的な点は、以前には見られなかった患者群に会うことです。 居住地が一定でなくて地下鉄の駅や街をさまよう患者や各種福祉施設を転々とする患者、政府の支援を受ける医療給付患者が患者の大部分を占めています。 こうした患者の特徴は、実際の年齢に比べて20年は老けて見え、歯が全くない患者も多いなど、同じ患者といっても最悪の状態でした。 例えば糖尿病患者ならば糖尿病の合併症はすべて持っており、肺結核なら結核で肺がほとんど破壊された状態でした。 もちろん重症の栄養失調状態である場合も多いのです。 公共病院のまた別の特異な点の一つは、応急室に浴室があるということです。 とうていそのままでは入院させられないような患者を、洗ってあげてから入院させるためです。

 公共病院で仕事をする医者たちは患者の病気の治療はもちろん、患者に利用可能な福祉の恩恵を受けさせることも必須の仕事です。 病気の治療過程においても、民間病院と違って診断に必ず必要なものでなければ、健康保険適用外の検査や治療はほとんどしません。 さらに私の場合には、肺に水が溜まって胸管挿入術をしても胸管の材料費が健康保険適用外なので健康保険公団に請求さえ出来ないでいます。 結局外来患者の中には、大学病院や民間病院の特診費および健康保険適用外の検査費に耐えられず少しでも診療費が安いこちらを尋ねて来る庶民もかなりたくさんいます。


「どうしたら金が儲かるかばかりを考える民間病院、公
共病院の役割は絶対できない」

「支援金与えて公共医療事業任せれば
それを宣伝手段にして利潤追求
特診費など出せない庶民が
診療費の安いこちらに来る
公共病院絶対守り育てねば」

 ホン・ジュンピョ慶南道(キョンナムド)知事が強硬路線の労組のために晋州医療院を閉鎖すると言っていましたが、この時代の最も貧しく苦しい生活を送っている患者たち(それで時には医療スタッフに暴言を吐いたり、結核や疥癬などの感染病をうつしたりもする、家族や知り合いも見てくれない疎外された患者たち)を洗ってあげ、服を着替えさせ、からだと心の病気を治療し看護してきた人々が、ほかでもない、ホン知事の言う強硬路線労組の実際の姿です。 どうしたら金が儲かるかばかりを考える民間病院には、 公共病院の役割を代行することは絶対にできません。 支援金を与えて公共医療事業を任せれば、それを病院の宣伝手段に利用して利潤を追求するでしょう。

 今私が診療している患者の中に、50才の男性ですが身長170センチに体重39キロの方がいます。 両肺の上部ほとんどを侵した活動性肺結核で入院して一ヶ月になります。 これほどの低体重では結核の薬を使っても薬効が現れるまで患者の体力が持ちこたえられないので、入院初期に死亡する可能性が高いと思われました。 事業の失敗と家族の死で絶望に陥り一人で考試院(訳注:もともと考試すなわち公務員試験等の受験者用の簡易宿泊施設。だがこの男性のように一人暮らしの経済的に余裕のない人たちが多く利用している。)で寝て過ごしながらちゃんと食事も摂らないでいて結核にかかったこの人は、公共病院でなかったら結核と栄養失調ですでに亡くなっているでしょう。

 また、私の患者の中に先日肝臓癌で死亡した52才の男性もいました。 一人で路上で果物を売る商売などをしながら暮らしていて、うちの病院で約4ヵ月前に肝臓癌末期という診断を受けました。 しかし何の治療も受けないでいて、隣人に20万ウォンを貸して返してもらえなくなると腹痛がひどくなったと言って入院しました。 癌があまりにも進んでいたため、癌による痛みを減らし肝臓癌のための腹水を抜く施術しか出来ませんでした。 ところがこの患者が突然外出すると言って出て行ってその隣人と言い争いをして手首を切る自殺を試みた後、再び病院に運ばれてきました。 切れた手首の靭帯を連結する手術を受けて意識を取戻した患者は、私を見て申し訳ない申し訳ないと言いました。 依頼を受けた精神科の先生はこの患者が再度自殺を試みる考えはなさそうに見えるから情緒的支援をたくさんするようにと言いました。

 そのようにその患者は末期癌患者として保存的な治療を受けながら靭帯を手術した部位はすっかりよくなったけれども、糸を抜いた何日か後に亡くなりました。 臨終が差し迫ったころ院務課であちこち当って患者の父親を探し出し連絡を取ったけれども、その人は「私にはそんな息子はいないから二度と連絡するな」と言うので、葬儀手続きは住民センターに依頼するしかありませんでした。

 あらゆる事をお金で評価する時代ですから、一度尋ねてみましょう。 「この人の命の値段はいくらですか?  死の病にかかっても貧しくて適時に治療を受けられず、そのために生ずる苦痛と挫折を治癒し、障害の発生を予防して、病気による苦痛から自殺あるいは犯罪につながり得る社会的不安を解消する公共病院に、年間30億~40億ウォンの赤字分を支援することがそれほど惜しいと思われますか?」

私のいる病院もそうですし、おそらく全ての公共病院が“ホームレスの病院”あるいは“貧しい人々が行く病院”というイメージを脱するために努力しているものと思います。しかしその努力は収益性を高めるためではなく、国民の“健康の守り手”として公共医療の役割をまともに果たすためです。

 私たちは誰でも患者になるのです。 患者になった時、誰も病院の金儲けの手段にはなりたくないでしょう。だから医療の公共性は必ず守らなければならないし、一層育てて行かなければなりません。 現在の医療体系においては、公共病院に対する投資と支援をむしろ増やさなければなりません。 けれども現実では私はせいぜいこのように叫びます。

「晋州医療院をつぶさないで下さい!  公共病院を守って下さい!」

イ・ポラ ソウル市東部病院内科科長

https://www.hani.co.kr/arti/society/area/581911.html 韓国語原文入力:2013/04/08 22:23
訳A.K(2720字)

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