ウクライナとポーランドの国境には夜がない。
6日夜(現地時間)、ウクライナ西部とポーランド東部をつなぐメディカの国境検問所で出会ったボランティア、マテウスさん(24)は「戦争が眠らないから国境の明かりも消えない。一日中、昼夜を問わず難民が国境を越えてくる」と話した。
戦争から逃れて国境を抜けようとするウクライナの避難民は、列車や自家用車のような交通手段が利用できなければ、ただ歩いて国境を越える。特にメディカの検問所は、交通手段なしで歩いて来られるため、大勢の人が集まる。
「戦争は眠らないから国境には夜もありません」
検問所周辺で祖母を待っていたあるウクライナ女性は「列車の切符を買うため列に並ぶこともできないそうです。(ウクライナ側の)駅は人が多くて足の踏み場もないそうです。結局、祖母は歩いてくることにしたんです」と語った。
ポーランド警察は、ウクライナ避難民が越えてくるメディカの国境検問所から1~2キロ離れた地域から車を規制していた。一般車両は検問所の近くには入ってこられない。本紙の取材陣もやはり車を降りて検問所に向かって15分間ほど歩いていくと、「ベビーカーの行列」が検問所から次々と出てくるのが見えた。
ベビーカーには子どもではなく避難のための荷物が積んである。ある母親は片方の腕で丸い形の毛の帽子をかぶった赤ちゃんを抱き、もう片方の腕でベビーカーを押していた。ベビーカーの一方のグリップにはカバンがぶら下がっており、もう一方には大きなビニール袋がぶら下がっていた。当面必要なおむつ、衣類、水などの生活必需品だ。
ウクライナ政府が18歳から60歳までの男性に総動員令を下したため、避難民の大半は女性と子どもたちだ。お父さん、おじさん、お兄さんたちは祖国を守るために故郷に残っている。ポーランド国境警備隊によると、先月24日から8日までにポーランドに入国した避難民は120万人。マテウスは「男性が子どもと配偶者を国境まで送り、本人は帰るのをよく見た」と語った。
果てしなく続くベビーカー、ベビーカー…荷物詰めたビニール袋をぶらさげ
検問所に近づくと、まさに入国手続きを終えたウクライナ人が2、3人ずつ群れをなして歩いて出てきた。人々は片手で子どもの手を握り、もう一方の手でスーツケースを引き、重い一歩を踏み出した。
冷え冷えとした天気のせいか、毛の帽子をかぶり、ダウンジャケットを羽織り、マフラーまで巻いている。子どもも大人も鼻と頬が赤い。この検問所からウクライナとの国境線までは200メートルと離れていないのに、煩雑な入国手続きのせいか、列はなかなか前に進まない。真っ昼間に検問所に着いたのに、避難者たちが国境を通過するのを待っているうちに、いつの間にか夜になっていた。
戦争を逃れて苦労してポーランドの土を踏んだ人々を最初に迎えるのは、避難民のための休憩所だ。ポーランドを中心として欧州や世界各地から派遣されてきた非営利団体が、それぞれテントとテーブルを用意し、国境を越えた人々のために食事の支度をする。
彼らが運営する休憩所では、照明をつけたり食事の支度をしたりするための簡易発電機が重い音を響かせている。休憩所の周辺は、寒さを避けるために避難民があちこちでたき火をしているせいで明るく、木の枝やたまったダンボールを燃やす匂い、食べ物の匂いでいっぱいだった。
24時間難民のために食事の支度をするにおいが
避難民の行列は曜日を問わず1日24時間とぎれないため、メディカの難民休憩所には決まった食事時間もバスの時刻表もない。お腹がすいている人はいつでも食事にありつけるが、座る場所がない時は立って食べなければならない。ストーブがあるため寒さをしのげるテントは、いつも人でにぎわっている。よそ見をしたり、ぼうっとしたりしていると、予告なく到着するバスに乗り遅れることもありうる。
避難民を乗せるバスは24時間運行される。最終も始発もないが、今このバスを逃せばいつ次のバスが来るか分からない。休憩所といっても、寒さのせいで数時間滞在すれば手足が凍える。
それでも幸いなのは、ウクライナ人を迎える欧州各国の温かさだ。ポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領は4日、コルツォワの国境検問所を訪れ、ウクライナ避難民に対する全面的な支援を約束した。ポーランドは、2015~2016年のシリア難民危機の際には難民受け入れに強い拒否感を示している。
欧州連合(EU)は3日に内務相会議を行い、ウクライナ難民に対し、一般的な難民申請の手続きの省略、EU内での就業の許可、子どもたちへの教育の提供に合意した。英国も7日、ウクライナ難民がイギリスで避難生活を送れるようにする「ウクライナ家族計画」を開始することを発表している。