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6万年前の毒矢…「旧石器時代の狩猟」の通念くつがえす

登録:2026-01-15 06:04 修正:2026-01-17 07:52
6万年前の矢尻の前面と裏面(左)。矢尻に付着する物質は毒と判明した。この毒性物質はアフリカの野生植物ボーフォネ・ディスティカ(右)の球根にある植物毒の成分に似ていることが判明した=ストックホルム大学、ウィキペディア提供//ハンギョレ新聞社

 道具の遺物は、その時代の人々の自然に関する知識と生活様式を推測させる。1991年にアルプス山脈のエッツ渓谷で良好な保存状態のミイラとして発掘された5300年前の中年男性「エッツィ」(Ötzi)は、さまざまな遺物とともに発掘され、最も多く研究された古代の人類だと言われている。エッツィが使っていた銅の斧、石のナイフ、弓は、彼がどのようにして獲物を狩猟していたのかも示している。

 弓は遠く離れた獲物を狩猟するのに適した道具だ。新石器時代末期または青銅器時代初期のエッツィは弓を用いることで、俊敏で接近が難しい動物をうまく狩猟していたのだろう。しかし、はるか昔の旧石器時代の狩猟の場面を描写する教科書や科学図書の想像図では、弓を持つ猟師を目にすることはあまりない。想像図にはたいていの場合、長いやりと石の斧だけが登場する。弓は後期旧石器時代に登場したと推定されてきたためだ。

 ところが、旧石器時代人の狩猟場面を変えるほどの考古学の研究結果が発表された。何と6万年前にも人類が、弓だけでなく毒矢まで狩猟に用いていたことを示す直接の証拠が発見された。

 最近、南アフリカ共和国とスウェーデンの研究チームは、南アフリカ共和国のウンフラツザナ岩陰遺跡で出土した6万年前の石英の矢尻から、有毒植物「ボーフォネ・ディスティカ」(Boophone disticha)の毒の成分を確認し、学術誌「サイエンス・アドバンシス」に発表した。研究チームは精密解析の手法を用い、先史時代の矢尻10個のうち5個から毒性物質のブファンドリンを検出した。これはアフリカの野生植物のボーフォネ・ディスティカの球根で生成される毒の成分だ。

 ボーフォネ・ディスティカの毒は、呼吸困難、めまい、筋肉マヒのような症状を引き起こすが、研究チームは、旧石器時代人が長年の生活経験を通じて、この毒を狩猟に用いると有用であることに気づいたとみられる。植物毒を塗った矢だけでは、カモシカやヌーのような大型動物をすぐには殺せないが、動きが鈍くなり衰弱した獲物を長時間追跡することで、より容易に狩猟することができただろう。

 これまで毒矢が狩猟に初めて用いられた時期は、数千年前だと考えられていた。エジプトの遺跡の墓から出土した4000年前の毒矢が最古の証拠だった。しかし、昨年、南アフリカ共和国の洞窟から7000年前の毒矢が発見され、別の遺跡からは3万年前の毒矢の存在を示唆する間接的な証拠も出てきた。ところが今回は、毒矢の使用時期を何と6万年前までさかのぼらせる直接の証拠が発見されたのだ。

 このような証拠は、旧石器時代人が自然の知識と技術活用能力をかなり備えていたことを物語る。研究チームは「毒が塗られた矢を用いるのは、戦略的計画と忍耐心、そして原因と結果に対する理解が必要だ」と述べ、毒矢は旧石器時代人の思考力が、現代のわれわれが考えるよりはるかに優れていたことを示す明確な根拠だと解釈できる。

 エッツィのような皮の服や帽子、かご、銅の斧などは持っていなかっただろうが、数万年前の旧石器時代人も、われわれが考えているよりはるかに精巧な道具と技術を備えた生活を送っていた可能性が高い。後続の研究が続き、当時の弓と毒矢がどれほど一般的だったのかが判明すれば、旧石器時代人の狩猟の想像図にも、毒矢を使う猟師の姿を頻繁に見かけることになるだろう。

//ハンギョレ新聞社

オ・チョルウ|ハンバッ大学講師(科学技術学) (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1239459.html韓国語原文入力:2026-01-13 18:39
訳M.S

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