本文に移動

ハン・ドンフンは保守の未来か?【コラム】

クォン・テホ|論説委員
国民の力のチャン・ドンヒョク代表(左)とハン・ドンフン前代表/聯合ニュース、ユン・ウンシク主任記者

 先月29日、国民の力のハンドンフン前代表が国民の力を除名された。その日、ハン前代表は国会で記者会見を行い、「待っていてほしい。私は必ず戻ってくる」と述べた。ハン・ドンフンは戻って来られるのだろうか。いかに戻ってくるのだろうか。そして、なぜ待っていなければならないのか。

 政治家が「戻ってくる」最もよくあるケースは、公認を得られず無所属で出馬して当選し、復党するというもの。通常は「自党が選挙で敗北-指導部の辞任-公認問題が指摘される」という風につながる。したがって、無所属で出馬した者は誤った公認の被害者であることが認められるため、復党も自然だった。共に民主党ではイ・ヘチャン元議員とパク・チウォン議員が、国民の力系列ではキム・ムソン、ホン・ジュンピョ、ユ・スンミン、チュ・ホヨン、ユン・サンヒョン、クォン・ソンドンの各元・現議員らがこのようなケースだ。しかし彼らはみな、そもそもしっかりとした自分の選挙区を持っていた。政治のキャリアを非常対策委員長として始め、党代表で終えたハン・ドンフンは、選出された候補になったことがない。

 「戻る」ためのいちばんの近道は、6月3日に地方選挙と同時に行われる国会議員補欠選挙への出馬だ。しかし、ハン・ドンフンには行き場がない。現在までに4カ所が確定している。仁川桂陽乙(インチョン・ケヤン・ウル:選挙区名、李在明大統領の選挙区)、忠清南道牙山乙(アサン・ウル、カン・フンシク大統領秘書室長の選挙区)、京畿平沢乙(ピョンテク・ウル)、全羅北道群山市(クンサンシ)だ。この中で、近年の選挙で国民の力が勝利したのは平沢乙のみ。国民の力では、同選挙区で3期務めたユ・イドン前議員の名があがっている。自由と革新党のファン・ギョアン代表はすでに平沢乙からの出馬を宣言している。ハン前代表が無所属で出馬すると、当選はおろか民主党に漁夫の利を与えることになるうえ、自身は3位になる可能性もある。民主党のチョン・ジェス議員が釜山(プサン)市長選に出馬すれば空く釜山北区甲(プック・カプ)も同様だ。

 そこで出てくるのが大邱(テグ)出馬説だ。親ハン系のシン・ジホ元議員は2日にMBCラジオで、「(ハン・ドンフンが)嶺南(ヨンナム=慶尚道)圏から出馬し、真の保守は誰なのかを見極める必要があるのではないかという意見もある」と語った。大邱市長選への出馬を狙うチュ・ギョンホ議員(達城郡(タルソングン))またはチュ・ホヨン議員(寿城区甲(スソング・カプ))の選挙区を念頭に置いたものだ。キム・ブギョム元首相(民主党)が出馬しないのであれば、少なくとも国民の力の候補を落とすことはないだろうし、相当な得票力を示せば、少なくとも橋頭堡の役割は果たすだろうとの判断だ。しかし、ハン・ドンフンにそのような冒険はできないだろう。

 チャン・ドンヒョク指導部によるハン・ドンフン除名は非民主的で非常識だ。「ユン・アゲイン」にしがみついているチャン・ドンヒョク代表と「ユンとの絶縁」を叫ぶハン・ドンフンと、どちらが正しいのかを問う必要もない。国民の力ではハン・ドンフン系は一握りに過ぎないのに、放送では国民の力側のパネラーはなぜハン・ドンフン系ばかりなのか。それ以外は正常な議論が不可能だからだ。おそらくハン・ドンフンは地方選挙後に崩壊するであろう国民の力の空白を狙うだろうし、チャン・ドンヒョクは選挙結果とは無関係に陣地を守ろうとするだろう。時間の問題に過ぎず、いずれにせよチャン・ドンヒョク系は消滅する。またそうなるべきだ。どの社会であれ非常識な領域は存在するが、彼らに多数を代表させてはならないからだ。

 しかし、その代案はハン・ドンフンなのか。彼は2024年12月3日の『内乱の夜』、ほとんどの国民の力の議員たちのようにためらうことはなかったし、すぐに非常戒厳令は「違憲、違法」だとして、「国民と共に阻止する」と述べた。与党の代表が親衛クーデターを企てる大統領に立ちふさがった。歴史に記録されるべき瞬間だ。そして4日には尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の離党、キム・ヨンヒョン国防部長官の解任、内閣総辞職を求めた。しかし5日には「大統領の弾劾には反対する」と述べた。「非常戒厳令は違憲だが、違憲大統領の弾劾はダメだ」とは。8日にはついに「ハン・ドンフン-ハン・ドクス」体制の宣言に至った。ハン・ドンフンは「大統領弾劾」を阻止しようとし、12月14日の大統領弾劾訴追案の可決後、最高委員たちの相次ぐ辞任で崩壊した。結局、ハン・ドンフンは尹錫悦を追い出そうとして自身が追い出されたのではなく、尹錫悦を守ろうとして失敗し、追い出されたのだ。ハン・ドンフンの「輝かしい成果」はわずか2日で自ら終わらせられたのだ。

 かつて、政治経験のまったくない彼を与党の非常対策委員長に指名し、政治へと導いたのも尹錫悦であり、尹錫悦政権の初代法務部長として『検察政府』の基盤を築かせ、皇太子の座に据えたのも尹錫悦だった。さらにかつては、検察クーデターを実行した尹錫悦の『目に入れても痛くない』スタッフだった。ハン・ドンフンは尹錫悦がどんな人間なのかを誰よりもよく知っていたはずだ。しかし、彼は忠実に便乗した。そもそも『第2の尹錫悦』こそ、彼の夢見た未来ではなかったか。検察政権によって保守が崩壊したのに、再建はまたも検察出身者に任せなければならないのか。当面のハン・ドンフンの有するファンダムなどは「保守の資産」だと言われるが、保守のさらに遠のいた、そしてまともな未来を見据えるなら、ハン・ドンフンがまたも主役になるというのは正しいのか。保守には多くの人材がいる。

//ハンギョレ新聞社

クォン・テホ|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1242980.html韓国語原文入力:2026-02-02 18:30
訳D.K