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ゲノム編集で蚊をなくす前にしなければならない質問

登録:2024-04-08 07:26 修正:2024-04-08 09:30
[ハンギョレS]ナム・チャンフンの生命の窓から眺めた社会 
生命の用途 
 
「変形・操作」するバイオテクノロジーの飛躍的発展 
「遺伝子のハサミ」で人間誕生の水準にまで 
経済的欲求が追求されるリスク 
民主的な公論を経ての熟考が必要
2012年11月、メキシコのチョルーラで演説している米国の生物学者クレイグ・ベンター氏/EPA・聯合ニュース

 生命は役に立つものなのか。2008年に英国議会でこれにかかわる敏感な法案について表決がなされた。当時英国では、骨髄がんにかかったり、先天的な奇形などによって特定の臓器に非可逆的な損傷が進行した子どもに臓器を移植するため、両親が新たに子どもを作ろうと考えるケースがあった。臓器移植が前提にある場合は、組織適合性抗原が一致しなければならないため、そのためには必ず体外受精を通じて子どもを妊娠しなければならなかった。体外で受精された胚のなかから、組織適合性抗原が病気の子どものそれと一致する胚を選択できるためだ。いわゆる「救世主きょうだいに関する施術」で、英国の保守党と生命運動関連の市民団体がそれを禁止させる法案を上程したが、議会で否決された。

 この事件は考える材料を多く投げかけた。新たに生まれてくる子どもの生命に対する自立権は、どのように保障されるのか。条件に合う胚を得るために、残りの修正された複数の胚を捨てる行為は妥当なのか。「生命の用途」を論じるところにまで到達したのだ。1972年に遺伝子組換え技術に関する論文が発表されてから、50年ほどが経過した。これまで私たちは、生命体を遺伝子レベルで様々に変形させ、その結果から様々な利益を得ている。大腸菌・酵母・マウス・豚・乳牛にいたるまで、私たちが簡単に接することができる多くの種類の生命体が、このような目的のために使われている。私たちは、生命の活用が広範囲になされている時代の真っただ中に生きている。そして人間という生命体もその例外になりえないという主張まで出ている。ヒトゲノム計画を一番最初に終わらせた米国の生物学者クレイグ・ベンター氏は、21世紀初めにヒトゲノム遺伝子の特許出願を試みもした。人体情報の用途が市場で注目され始めた。

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バイオテクノロジーが利益に没頭する場合

 生命を道具とみなすことはできるのか。この質問に多くの人たちは拒否感を持つと考えられる。しかし、それはかなり時代錯誤的だ。自然と人間について分かる範囲が拡張され、それを変形して操作する技術が発達すれば、それに比例して、用途に対する工夫も同様に広がる。一酸化炭素を食べてエタノールを排出するオートエタノゲヌムというバクテリアの遺伝子を合成生物学の技術で編集し、アセトンを生産するように変えて有用なバイオ燃料を獲得する。遺伝子組換え技術によって、バクテリアの遺伝子にインシュリンや一部のワクチンのような有用な遺伝子を挿入することで大量生産する。2012年に遺伝子編集技術であるCRISPR-Cas9が公開の場で紹介されると、様々な応用実験が行われ、2018年には中国の賀建奎博士がヒトの胚にこの技術を適用し、エイズウイルスの感染を誘発する遺伝子を非活性化させた状態で双子の少女を誕生させた。また、遺伝子組換え技術は、用途がないと思わせるような個体、すなわち、ネズミのような有害な動物や蚊などをすみやかに絶滅させることが可能な遺伝子ドライブ技術につながり、数カ国で実際に適用するために議論されている。

 生命の用途に関する問題は、「科学を通じた世界に対する認識」と「世界と人間を変えようとする人間の欲求」の間での緊張の問題だ。科学は、人間そして人間を取り巻く環境について、日増しにさらに緻密で豊富な情報を提供するようになる。科学を通じて「人間と世界に対する認識」の地平が広げられているのだ。一方、「広がった認識の地平」は、それ自体にとどまらず、世界を変えて人間を変化させようとする欲求に結びつく。このようにして、世界に対する認識は世界を変えようとする欲求と手を握り、互いに追求し導くことによって発展する。そうした変化のもとで、生命の用途は速いスピードで広がっている。問題は、このような変化のスピードと内容を制御できる社会的な力量にかかっている。

 科学の探求は、好奇心旺盛な子どもが、目の前にある様々な扉を開いて初めて入ってみた部屋のなかで、初めて接する様々な物に驚嘆する状況に似ている。近代科学が発生した時期には、主に探究者の好奇心がどの扉を開けるのかを決めたとすれば、現代にいたっては、社会的に存在する様々な欲求がより強力な決定権を持つようになった。そしてこのような欲求は、経済的な利益達成を通じて実現されるというのが問題の核心だ。経済は私的・公的領域で構成されており、それらの間の緊張と相互作用を通じて運営される。しかし、私的領域が持つ核心的な属性は、現在発生する利益に集中し、私的独占を美徳であるかのように追求する。

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「生命のための用途」を深く考える

 まさにこのような側面は、生命の属性における深刻な対立を呼び起こす。生命は進化的な規模の時間が作動することで、その命脈を維持する。生物安全性は、そのような意味で「生命持続可能性」の別名だ。バクテリアであれ、とうもろこしであれ、人間の胚であれ、ある生体を変化させるためには、その能力を確保すること以外にも、そうした変化が遠い未来に及ぼす影響について十分に省察することが要求される。バイオテクノロジーの驚くべき発展に歓呼する前に、私たちの社会には次のような質問に答える社会的な議論のシステムと見識があるのかどうかを、まず考えなければならない。遺伝子ドライブで蚊をなくすことは、未来に潜在的なリスクを作る可能性があるのか。遺伝子組換え作物(GMO)を商用化する過程で、種の多様性に及ぼす否定的な影響は何か。病気の治療に投じる財源と病気の予防に投じる財源は、どのような割合で調整されるべきか。

 生命はまた、相互に結び付いた状態でのみ存在できる公的な属性を持っているため、次のような質問も投げかけなければならない。ある生命の個体の変形は、別の生命の個体にどのような影響を及ぼすのか。生命の公共性を保障しながら、企業や個人の私的な利益をどこまで保障することが妥当なのか。

 生命の用途について正しく考えるためには切実に求められるが、私たちの社会にはあまりにも不足しているとみられる2つの領域がある。一つ目は、生命の社会的・倫理的な地位と相互関連および生態系ネットワークなどのようなマクロな省察を扱う領域で、二つ目は、生命に関する議題を企業や科学者が独占しないようにする民主的な公論のシステムや手続きの領域だ。生命の用途に関する問題は、巨大な潮流のように押し寄せている。「役に立つ生命」よりも重要なのは、「生命のための用途」を深く考えることだ。

ナム・チャンフン|大邱慶北科学技術院教授。ソウル大学とフランスのキュリー研究所、英国ケンブリッジ分子生物学研究所で生化学や免疫学などを学んだ。バクテリオファージを利用した受容体の開発や老化と免疫の間の関連などを研究し、大学教育が進まなければならない方向を絶えず摸索している。『探求するということ』『利他主義者』『少年少女、科学しよう!』などの著書がある。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/science_general/1135500.html韓国語原文入力:2024-04-06 15:26
訳M.S

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